壱-2:少年のTeasers
少年少女は街を行く。そこはこの塔——ミスティアにおける第一階層。人の生きる最下の国。格差を娯楽で抑えた『クルセア』。
天井は仄かに明るいライトが点在し、人々の生きる街並みを照らしている。しかしそれ以上に鉄筋コンクリートの建物の光が人々を照らしている。
「全体的に暗いのね。影がある箇所が多く感じる」
「そう? 建物の並びが悪い、とかかなぁ。光源に対して、とかその辺は大雑把に建てられているから」
ラグナの言うように、建物の高さは整えられていない。凹凸のせいで光量に差が生まれてしまっている。
一方で彼らが歩いている道幅は広く、こちらは絶対と言えるほどに幅を保っていた。寸法にして15mほど。おかげで人々が歩いても、そのハゲた石畳は埋まる事が無い。
「第一階層、クルセア。文化形成的にはスラムと街、と言ったところかしら」
『あぁ。金がねぇスラムの連中と、生活できるレベルは維持している街の連中と分かれている。まぁ、仲は良いんだがな』
「シグルのおかげでね。まぁそれは追々に。リア、どこに行ってみたい?」
薄手のカーキコートを羽織るラグナは、白の制服を脱ぎ捨てた彼女に問う。
ダボっとした黒のワイシャツと破れた黒のジーンズ。ラグナの過去に着ていた服であるが、二人の身長がほぼ同じであることもあってか違和感なく着こなしていた。
自分の服を着る少女、というのは少年にとっては少し思うところがあるのだがリアは気づきもせず真剣な面持ちで口を開く。
「この階層にあるとされる出口へ。私はこの国を出たいと思っているから」
簡易的な変装をしたリアは率直な言葉を述べる。それこそが彼女の目的。地続きの最下層に降りてきた彼女の意志であった。
R/R
「なに、これ?」
「なにって、門だよ。光のカーテン付きのね」
ラグナの住処を南とするならば、最西に位置するエリアにやって来たリアはそこにある布状の光を見て呟く。
少年の言う通り、それはカーテンのようであった。外から入ってくる風で揺らめいている。問題はこれが窓ではなく、巨大な門を塞いでいるという状況だ。
ジリッと一歩を踏み出そうとしたリアを少年は手で制する。
『先に言っておいてやるが、出ようとした瞬間消し炭だぜ? あれは見た目通り、光のカーテンだ。カーテンという固体を得るまで凝縮された熱量の塊。簡易的な処刑装置だ』
「ちょっと待って。これ、外から入るのって無理なんじゃ……」
「それができるんだ。あのカーテンは塔の内側だと電球色をしてるけど、外側だと透明に見える。外部から中へ、カーテンをくぐってもダメージはない。けど、入ってしまえば外に出られない、そんなトラップなんだ」
試しにとラグナがその辺に転がっていた木材の破片をカーテンに投げ込むと、僅かな煙を上げて廃材は焼却されてしまう。
これでは外に出る事は不可能である。人間の身では炭化など想像に難くない。
唖然とするリアの様子を知ってか知らずか、ラグナの右肩に乗っているラグナスは溜め息を盛大に吐いた。
『ひでぇよなぁ。動植物も少ない荒野の果てにある塔が、まさか人間を閉じ込める箱とは』
「まんまと騙されたしね……まぁここの生活も慣れたけど」
「……二人は外の生まれなの?」
「うん。色々あって三年前にやってきたんだ。おかげでジャンク屋なんて慣れないことをやってる」
道理で雰囲気が違う、とリアは感じる。
国の外を知っているからこそ、少年は何かに急かされるわけでもなく、ただ伸び伸びと自分のペースを保っている。そう、自分と比較して気づいたのだ。
「私とは真逆ね。このミスティストの七階層で生まれ育ったから、外の世界なんて知らない」
『へぇ……んじゃ、生粋の
「……何が?」
『いや。外に出たい気持ちも解るってこった』
ラグナスの発言は含みを持っていたが、それ以上の追及を許さないようにネッヘッヘと明らかな作り笑いを言葉に出していた。
「とまぁ、残念だけど外に出る手段はないよ。ここ以外の出口を僕達も知らない」
「出られたとしても地平線まで広がる荒野、なのよね……そんな……」
リアの当初の目的である、この塔からの脱出はこれで道筋が途絶えてしまった。それどころか外に出ても生きる事ができるかも不透明である。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる少女に対し、ラグナスは躊躇いもなく問いを言葉にする。
『第一よ。お前、何が目的で外に出るんだ? この塔は幽閉の牢獄だが、幸い何十万人の住人が生きるには十分なほどに完結している。俺とラグナも、この不便さを受け入れて外に出る考えは保留にしているぐらいだ。それは上層で生きていたお前が一番解っているはずだろう?』
「確かにこの塔は見事に完成された理想郷よ。階層ごとに役割があって、それらが噛み合って循環した国を形成している……でも、その中に間違いを見出したの」
『なるほど、だから――逃げようとしたんだな? その間違いから』
ジッとゴミ袋から浮かんだ一つ目がリアを睨む。
彼の指摘にリアは答えられない。その様子が全てを物語っている。漏れ出す言葉もなく、ぎゅっと唇を噛む少女の表情を見てか、ラグナはチラリと横の相棒を見て口を開く。
「それでも、リアは自分の感じた間違いは絶対だと感じたんだよね? そしてここまで降りてきた……その行動力、凄いと思う」
「ラグナ。でもそれは、我が身可愛さもあって……」
「逃げるのは間違いじゃない。周囲の思惑に流されずに、自分の意志を持つ。その意志を周囲が否定するなら場所を変えればいいんだ……なんて、義母さんの受け売りだけどね。逃げるのは間違いなんかじゃない」
僕もそうだから、と外側で育った少年は呟いて他人事のように微笑んだ。隣にいる幽霊もどきは再び溜め息を吐く。それが呆れのようにも見えたが、少女はそれ以上の口を挟まない。
次なる一手を探すほかないのだ。この塔の間違いから、我が身を守るための方法を。
『どちらにせよ、だ。お前の望みを叶えたければ現状を知ることだ。地の利を知れば自ずと見えてくるものもある』
「それが一番だと思うよ」
「そう、ね。そうせざるを得ないわね……」
認めるしかない。自分の浅はかさを呪いながらも、リアは状況を飲み込んでいくしかないのだ。
ある程度の決心がついたのを察してか、少年はふふんと少し笑みをこぼした。
「だったら観に行こうか。もうそろそろシグルの試合だしね」
「試合? 何の?」
「ハードメイルの! 待ってね、今友達を呼ぶから!」
ラグナが空を撫でると虚空から水色で透明な液晶パネルが形成される。それは空気中のナノマシンが連結して構築されたものであり、ネットと繋がる端末を再現したものでもある。
パネルにはたくさんの情報が並んでおり、少年はそこから友人の連絡先を探しているところであった。
嬉々として動く彼に対し、リアは欠伸をするラグナスに疑問をぶつける。
「ねぇ、ハードメイルの試合って……どういうこと?」
『試合は試合だ。闘技場でタイマンで張り合うこの階層の娯楽だな。この階層の中央に位置する円状の闘技場でやってるんだ。知らねぇなら一度見ておけ。少なくとも思い詰めるよりは有意義だぜ』
笑うゴミ袋はそう言ってラグナの方へふわりと近寄っていった。楽しげに説得をしている少年の側で、ラグナスも会話に参加しているのか声を発している。
残された少女は乾いた自分の前髪を右手の指でくるりと回す。心の内から溢れかけた焦りは僅かに退いていた。
「ごめん。友達に迎えに来るようお願いしたんだけど……ダメだった。走ろうか」
「……了解。この階層のことはあなたに任せるわ」
心底申し訳なさそうにする彼を見て、少女はふっと少しだけ口角を上げた。
道を見失った少女の手を少年が引っ張り駆け出した。最下層の街を輝く面持ちで進んでいく。目指すは中央の闘技場。クルセア最大の娯楽施設であり、経済の流転の中心地であった。
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