弐-1:Hard mailの決闘

 二人で走って数十分。途中で休憩も挟んでいるため、実質30分ほど。

 息も絶え絶えの中、その石造りの巨大な円柱——通称コロッセオの周辺までやってきた。


「近づくと大きいわね。これもナノマシン建築物なの?」

「うん。クルセアにも名のある建築士がいるからね。これはその代表作品。ネットワークのアーカイブにあった過去文明の闘技場を模したんだって」


 ラグナは空中に展開しているホログラムのウィンドウを漁っては、幾つかのページをリアに投げ渡して共有する。

 書かれている情報は建築物に関しての資料である。建築者や設計図など。石を模すための苦労話も載っていた。


「手慣れてるわね」

「仕事柄ね。外にはこんな便利な技術は無かったし、アーカイブを見るのは良い暇つぶしになるから」

「ホログラムウィンドウも、ネットワークも?」

「うん。これらはたぶん、この塔独自のシステムなんだと思う」


 不便ね、と少女は呟きながら目の前に展開されたウィンドウを両手で挟み込む。その行為によりホログラムは折り畳まれ、最終的に水色の光の粒となって霧散した。ナノマシンの光の粒だ。


『ここは閉塞的でな、ナノマシンの密度と成長速度が異常に高い。ハードメイルの技術は外にもあるが、ナノマシンの質が原因でホログラムもネットもないんだ』

「そうなんだ……」

『外に出たらこれらが使えなくなる。不便に殺されるのがオチ――っと、やつが来たか』


 ラグナスの外の話が終わるタイミングで彼の一つ目が小さな影を捉えた。

 円状の闘技場を回ってきたのか、息を荒げながらも片手を振るそれはボサボサ頭の少年である。背丈は小さく、黒髪を纏めるバンダナのせいで幼くも見える。


「おーい」

「おーいっじゃねぇってー!」


 ラグナのマイペースな一言に黒髪の少年はご立腹である様子だった。

 その二人の会話から彼が例の友人であるとリアは察する。だが、どちらかといえばインドアな印象を覚えるラグナに対してバンダナの少年は快活でアウトドアな印象を覚える。


「ラグナ、お前なぁ……って、誰その子? 見ない顔だなぁ」

「あぁ、彼女はリア。諸々な事情があって上から降りてきたらしい」

「上から? 素っ頓狂な事もあるもんだな……っと、俺はリックってんだ。よろしくな」

「えぇ、よろしく」


 あまり物を深く捉えないような軽快な言葉。しかしそこには誰にでもフレンドリーに接することができる彼の寛容さが見えた。

 半袖短パンという腕白少年を思わせる風貌であるリックは、そんなことよりも、と二人を導くように訴える。


「兄貴の試合が始まっちまうぜ。二人とも、ついて来いよ!」

「兄貴?」

「僕達のね。彼こそが、この闘技場のチャンプだからね」


 少女は連れられる。二人の少年に。階段を昇り、次第に高まる温度と熱意を感じて。



     R/R



 円柱となった場内は、中央の円状の決闘場を除いては全て観客席であった。そこのほとんどに人々が敷き詰められて、今か今かと声を上げて決闘を待ち望んでいる。

 驚くべきはその埋まりよう。閑散としていた街中の住民が集結しているかのようであり、歓声がこの階層の活気を意味していた。

 立見席で決闘場を見つめるリアはその熱気に当てられて言葉をこぼす。


「すごいわね……」

『クルセアの経済の中心地だからな。自然に人が集まる』

「そして、その中心こそ俺達の兄貴ってことさ!」


 自信満々に胸を張るリックを余所に会場の空気は急激に静まっていく。

 それこそが合図。決闘場に二人の男が現れたのだ。片やくたびれたネイビーのコートを着た妙齢の男。片や明るいオレンジ色の髪を持つ青年。

 目立つ髪の青年の方が手に持っていたマイクで観衆に声をかける。


『盛り上がってるかーッ!!』


 その声に観衆は応じ雄たけびを上げる。中には口笛を吹く者もおり、彼こそがこの闘技場を支配しているように見える。

 それもそのはずだ。


『今日の挑戦者チャレンジャーは長年、何度もチャンピオンである俺に挑戦してくれる好敵手、クランツだ! 拍手ッ!』


 彼こそがこの闘技場の王者である。彼の言葉が観衆を導き、熱意と興奮を湧かせているのだ。

 歓声と拍手の中、紹介されたクランツと呼ばれた髭面の男はマイクを持ってニヤリと笑った。


『シグル! 今回のカスタムは生半可なもんじゃねェ。今度こそお前をぶっ倒して王者の冠を奪ってやるぜ!』

『いいぜ。じゃあ見せてくれよ、お前のカスタムをッ!!』


 シグルと呼ばれた王者と、クランツという挑戦者の対峙は敵対心と信頼に満ちていた。

 それがパフォーマンスの一環だと解っていても、リアはその光景に圧倒される。彼女の育った階層にはない、闘うという行為による娯楽。それに熱狂する民衆は一体感を生み、少女もまたその一つであった。

 クランツはマイクを投げ捨てて、すぅっと息を吸い再び自信のある笑みを浮かべた。


「コール・ネームッ!!」


 歓声にも負けない男の声は、彼の相棒を呼び起こす。

 クランツの周囲からドッと水色の光が浮かび上がった。それらは収縮して水色の線を描き、男の頭上に一つの絵を描く――それは立体を持った巨人、ハードメイル。

 光の輪郭によって構成されたそれの身体は黒に染まっていた。まるで色を付ける前の像のように、男の頭上に立っている。


『スタンバイ……レディ?』

「いくぜ、ミストァKケィッ!!」


 キツい印象を覚える女性の電子音声が呟くと、クランツはその巨人の名前を叫んだ。

 瞬間、男は頭上の黒の巨人の股座から発生した光の柱によって吸い込まれていく。これがハードメイルの搭乗。名の通り、主を取り込みその鎧は戦士となる。

 息を吹き返すように――その緑色の一つ目に光が宿った。


『シルエット・アウト』


 電子音声がそう宣言すると、その黒に染まった身体が乾いた泥のようにパリッと割れ弾ける。中から出てきたのは群青の装甲。即ち、ミストァKの真の姿だ。


群青爆炎ぐんじょうばくえん! ブルーリベンジャー――クランツ・ミストァKッ!!』

「ダァッ!!」


 続けて聞こえる調子の上がった女性の電子音。それは決闘をする男を鼓舞するように謳い文句を叫び、最後には男と相棒の名を呼ぶ。

 ミストァKとなったクランツは右拳を上げ雄たけびを上げた。再び歓声が上がり挑戦者の登場を祝福する。


「ミストァタイプの改造機……?」

「だね。色以外の大きな変化はないようだけど」


 リアは自分の知識にある最も汎用的なハードメイルを思い出していた。

 ミストァ。このミスティストの名前をいただいた、一般的に普及されているハードメイル。この塔で生まれた者は必ず一機は持っているとされる多機能の機械人形である。

 形状は硬さを表現してか角ばっており、顔である黒のバイザーの下には一つ目を秘めているのが特徴。バランスが良くカスタマイズ性も高いため、ハードメイルの比較の対象としても利用される機体だ。


『今日も綺麗な群青だな! 奥さんに磨いてもらったのかーッ?』

『るっせーよ! それよりも早く出しな。てめぇのハードメイルをよぉッ!』

『とーぜん、だッ!』


 安い挑発に挑発で返し、それに応えるようにシグルもまたマイクを投げ捨てる。

 不敵な笑みと共に彼もまた己が半身である鎧を呼ぶ。


「コール・ネームッ!」


 彼の周囲に現わるは同じく水色のナノマシンの光であった。しかし、それらはまるで炎のように波打った光だ。伸びる炎は線を走らせ輪郭を象っていく。

 現れた鎧は同じく黒色で焼き焦げた人型に見えた。しかし肩部にあたる装甲には炎の紋様が描かれており、魂を示すサインのように輝いていた。


戦闘機構・始動システム・セットアップ! いけるかレディ?』

「当然だ――エスェズッ!!」


 まるで試すかのような厳かな男の声が青年を戦意へと駆り立てる。

 彼が相棒の名前を呼ぶと、水色の炎にその身が包まれて火の玉となり黒の人型の胸部へと昇っていく――魂が宿るかのように黄色の一つ目が煌いた。


炎上転身シルエット・アウトッ!』


 描かれた炎が熱を宿して、焦げた黒肌に色を灯していく。赤を彩り、オレンジ色に光り輝く。灰色の部分は暖色に照らされ明るさを増す。

 その姿を現した時、厳格な声音の電子音声が熱狂に浸るかのように声を張り上げその名を呼ぶ。


『疾風怒濤のストライカーッ!! シグル・エスェズッ!!』

「推ッ参!」


 王者シグルとその鎧であるエスェズの登場により、場内の歓声はより一層に湧き立つ。

 群青の鎧と緋色の鎧が対面する。両者の視線、そして観客からすると闘技場の上空にホログラムで浮かび上がった『3』の数字を確認する。

 ラグナ、ラグナス、リックを含めた観客は期待を込めて審判役を担う電子音声と共にコールする。


3スリーッ!」

2トゥー!』

1ワンッ!!」


 声は重なり反響する。最後のカウントダウンが終わり一拍——0の代わりに戦いを示す言葉を姿の見えない審判が告げた。


決闘開始ストラグル・スタート

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