卒業できないかもしれないけどね

 入り口に背を向けていたツカサが振り返ると、ショートカットとパンツスーツのよく似合う、新社会人といった女性が立っている。

 担任、佐々木先生、と、ルナが素早くささやく。


「はい、席ついてー。配布物山ほどあるし今日のうちに自己紹介とか済ませるからね。合宿の話もするよ」


 ざっくばらんな言い方は、歯切れの良さからか舞台役者を思わせる。

 姿勢がいいせいもあるだろう。背筋が伸びているからか、司とあまり変わらない身長だろうのに、迫力がある。

 佐々木の後ろからは、式の後に捕まったのか、配布物を持たされた男子生徒が二人ほど。

 教卓にどさりどさりと置かれたプリント類は、その三十二分の一が手元に来ると考えても、量がある。


「とりあえず、先配るよ。手伝ってくれる?」


 てきぱきと、運悪く教卓に近い生徒が指名され、最後に司が呼ばれた。離れてるのに、と疑問が顔に出たのか、佐々木はにっこりと笑った。


「沖田、遅刻一ね。三回遅刻したら、一回欠席扱いになるから気をつけな。早退も一緒。みんなも、もう義務教育じゃないから、授業受けたくないなら受けなくていいよ。代わりに、卒業できないかもしれないけどね」


 厳しいことを笑顔で言ってのけて、手際てぎわよく配布物を振り分けていく。

 その間に教師は、一旦板書を消し、読みやすい字で「佐々木飛鳥」と書いた。間を置いて、「委員長」「副委員長」。

 配布物が行き渡ったことの確認を取ると、こつこつと黒板を叩いた。


「式の前にも言ったけど、改めて。はじめまして、一年五組の担任をする佐々木飛鳥です。担当教科は生物だからみんなとは来年まで縁がないけど、面白いから、興味や疑問があったら何でもいてください。関係ないことでも大歓迎。正式に教師になったのは今年が初めてで、二年間は臨時教諭やってました。趣味はツーリングと食べること。そうそう、バドミントン部の顧問と新聞部の副顧問やってるから、希望者は声かけてね。以上。質問は?」


 いささか気圧けおされながらも拍手が起こり、いくつか、何歳ですかー、彼氏いますかー、ツーリングってどこ行くんですかー、といったお約束やそうでない質問が上がり、佐々木の自己紹介は終わった。


「これから出席取るから、名前呼ばれたらこんな感じで自己紹介していってね。最低限、名前プラスアルファ。趣味や興味のある部活とか、得意教科や出身中学、近所の見どころとかお勧めのお店とか、何でもいいよ。一個じゃなくてもいいからね。それと」


 そこで区切り、「委員長」「副委員長」と書いた部分を手のこうで叩く。

 慣れたあしらいは、二年間の成果か元々の性格か。教室の生徒たちの間には、好意的な空気が広がっている。


「これ、決めるから。できたらそのことも考えながら、聞いていってね。とりあえず一月、勤めてもらいます。そうそう、宮凪ミヤナギ果林カリンさんは骨折で今日は欠席。明日からは来るそうだけど、しばらくは不自由だから今回は外してね」


 出端でばなから骨折って、自分よりも運の悪い奴がいた、と、司は、自分は運の問題ではないのに同列に並べた。司の場合は、自業自得と言う。

 宮凪の名前が挙がったときにいくらか反応を見せた者らは、同じ中学だったのだろう。一之瀬中学は東雲シノノメ高校に近いからか、出身者は結構な人数がいる。

 そうして出席番号順に自己紹介が終わり、委員長副委員長が選出されて配布物を使いながらの学校生活の説明、懇親合宿の話が終わると、お開きとなった。

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