目覚まし止めたらアウト

「えーと、ちょっといい?」

「何?」


 丁度ちょうど入って来たクラスメイトをつかまえる。

 シャツの襟元にリボンの小道具をあしらった少女は、ツカサよりも背が低く、不思議そうに見開かれた眼が印象的。リスみたいだなあと、司はひそかに内心で呟いた。

 ふわふわとした柔らかそうな髪も、その感想に一役買っている。


沖田オキタ司です、はじめまして」

愛知アイチルナ、一中出身。よろしくね」

「よろしく。えーっと…出席番号、知らない? あたしの」

「はい?」


 きょとんと、大きく眼を開いて小首を傾げ、固まってしまう。司は、そりゃそうだ、と苦笑しながら、ひらひらと意味もなく手を泳がせた。


「や、ちょっと寝坊してね、さっき来たとこなんだ。五組ってことは判ってるんだけど、出席番号わからなくて。クラス名簿か何か、まだもらってない?」

「寝坊? 今まで寝てたの? すっごいねー」


 可愛らしい笑い声を上げて、こっちこっち、と窓際から二列目の席へと司を誘導する。

 その列の一番前がルナの席らしく、きちんとまとめ置かれたプリントの中から、一枚を選び抜く。


「十八番。わたしのいっこ置いた後ろだね。机の上にプリントとか全部あるはずだよ」

「ありがと。式とかで、何か聞いといた方がいいことってあった?」

「んー? 特にはないかなあ。多分、ホームルーム出たら大丈夫だよ。でもすごいねー、寝坊って。誰も起こしてくれなかったの?」

「あー、一人暮らしなんだ。目覚まし止めたらアウト。七個も仕掛けてたってのに、全部止まってんの」

「フツーないよ、七個も目覚まし時計」


 ツボにはまったように、楽しげに笑っている。

 突っ込むのそこなんだ、と思いつつつられて笑った司は、ルナを椅子に座らせて、かばんだけ自分のものらしい机に置くと、立ち話を続けた。

 どこのクラスもまだ教師は来ていないようで、そこかしこで自己紹介や旧知の者との雑談が聞こえる。

 教室を見渡した司は、プリントだけ置かれ、かばんの見当たらないもう一つの机に目をめた。


「他にも遅刻した子いるみたいだね。それとも休み?」

「ああ、宮凪ミヤナギさん」


 するりと名前を口にして、小首をかしげる。ひと昔かふた昔前のアイドルのようだが、嫌味がないからかやはり可愛らしい小動物じみて見える。

 知り合いなのかと訊く前に、続きが来た。


「休みかもねー。同じ中学だったけど、ほとんど姿見たことなかったもん。いじめられて不登校になってたって噂」

「…剣呑けんのんな」

「でも、日数に問題があったのに公立受かってるんだから凄いよね。私立だったら融通くって言うけど。頭の造り違うのかな、やっぱり」


 さらりさらりと、口にする言葉にはまったく毒がない。内容だけ聞けば陰口のようだというのに、口調がそれを裏切っている。

 面白い子に当たったものだと、司は偶然に感謝した。


「造り違う、て?」

「天才で有名だったの。でも人付き合い悪くて、そのせいではじかれてたらしくってねー。超然としてるとこあったから」


 ルナの話から受ける印象では、いじめの不登校とは繋がらない。超然としているなら、少々の嫌がらせなら受け流して、孤高をたもっていそうだ。

 だからルナは噂と断ったのか、嫌がらせが少々ではすまなかったのか。

 ルナの反応が見たくて入れた合いの手だが、話題の当人にも興味がわいてきた。


 更に聞き込もうと意気込んだときに、一瞬、教室が静まり返った。

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