どんな自己顕示欲だ

 裏口の方が駐輪場に近かったな、と車輪の向きを変えたところで。


「おーきーたー」

「うわ、驚いた。何やってんのリョウ、じゃないえっと…?」

九重ココノエ

「あーそうそう、九重先生」


 何分なにぶん、いつも呼ぶのが下の名前でうっかり姓を忘れる。相棒と呼んでも差し支えないだろう、夜歩き仲間だ。

 そんな内実にはそ知らぬ顔で、ツカサは、見下ろす濃茶の瞳を見つめた。


「どうして根城から出てきてるんですか。遅刻者捕まえるならほら、生活指導の先生とか体育教師とか。まかりまちがっても司書教諭じゃないと思いますけど?」


 向かい合うのは、無駄に白衣を羽織り、無用の眼鏡をかけた青年。

 微妙にホストじみた髪は、染めたわけでもないのに茶色い。かせば、金色にも見える。

 九重諒は、きらりと眼鏡のレンズを光らせた。


「それはだな、誰も式が終わってからの遅刻者を想定してなかったからだ」

「それはそれは。って、それなら見逃してよ。そっちも新人なんだし出張るのって良くないよ?」

「悪目立ちでお前にかなうか。寝惚ねぼけて教室の窓から落ちたり避難訓練で一人取り残されたり、どんな自己顕示欲だ」


 そんな昔のこと、と言いながら司の眼は泳ぐ。昔と言っても、中学生のときの話でしかない。

 しかもその二つが氷山の一角とくれば、たしかに、悪目立が過ぎる。断じて、狙ってやったわけではないにしても。

 つい泳がせた視線の先を、制服姿の生徒の姿がよぎった。そういえば、ざわめく空気も伝わってくる。


「あ、式終わったんだ。ホームルームがあるよね? 何組だった?」

「五組」

「ふうん。じゃ、後はよろしく」

「え? あっ!」


 司が素早く自転車を預けると、正門前には、白衣の諒だけが残された。

 司は、スカートの裾を翻し、軽やかに駆け去って行く。素早く、自転車の前かごに放り込んでいたかばんを手に距離を取る。


「やられた…」


 力なくこぼれた声を背で受け、しぶしぶといったていで自転車を押し始める諒を肩越しに見やり、にやりと笑う。

 肩の落ちた後ろ姿に、校門脇に植えられた桜の花びらが舞い降りる。


 司は、さっさと前を向くと足取りも軽く、生徒の群れに突入した。


 教室に荷物を置いているのか、誰も荷物を持っていない。

 微妙に浮きながら気にせず、先に職員室に寄るべきか直接教室に行くか、と少し考え、どうせ教室で顔を合わせるからいいかと決め込む。

 このあたりが悪目立ちする下地なのだが、司にはあまり自覚がない。


 一年五組の教室は、三階のほぼ中央にあった。一学年八クラスのため、四組と中央を分け合う形になる。

 その教室に踏み入ってから、司は首を傾げた。

 黒板には教室の配置図があり、順に三十二までの番号が振ってある。

 出席番号だろうとの見当はつくのだが、クラス分けの張り出しを見ていない司が、割り振られた番号を知っているはずがない。

 とりあえず、かばんの置かれていない机は、と探すと、困ったことに二つあった。

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