高校って名札なくて不便

 プリントを適当にかばんに放り込んでいると、前の席からひょこひょこと、猫毛の頭が近付いてくる。二つに分けてまとめた毛先が、肩の上で跳ねて愛らしい。


「沖田さん、部活見学していく?」

「え、もう受け付けてるの?」

「うん。毎年恒例だって、先輩たちのお出迎え」


 言わるままに廊下をのぞいてみると、開放感でにぎやかになっているのかと思っていたそこには、ユニフォーム姿でチラシをく一団がいた。

 廊下には一人一個を割り振られたスチール製のロッカーが並べられているせいで狭いのに、こうなっては、すれ違うことも難しい。

 これ押しのけて進めってのか、とうっかり呟くと、隣でルナが笑った。笑い上戸じょうごなのかも知れない。


「どこかの部の人つかまえて、見学したいっていったら花道作ってくれるよ。それがいやなら、自力なの。どうする?」

「うーん。図書室行きたいから、突っ切ってく。えーと…アイチさん? は?」

「沖田さんって、名前覚えるの苦手?」

「や、字面じづら見たら覚えるんだけど。高校って名札なくて不便ふべん


 顔と名前を一致させるのも苦手だから、小中学校の名札のありがたさが、今になって身に染みる。

 ルナはまた笑って、手持ち式の制かばんを、持ちにくそうに移動させた。

 合皮製のかばんは、かばんそのものが無駄に重い。勝手に改造できないように、底には鉄板が入っているということだから尚更なおさらだ。

 鉄板入りの情報はルナからのもので、よく知ってるなと言ったら、笑顔だけ返された。いちいち面白い。


「ルナでいいよ、まだ覚えやすいでしょ。突っ切るなら、後ろついていっていい?」

「どーぞ。あ、司で、というか好きに呼んで」

「うん、ありがとう」


 声が笑っている。肩をすくめた司は、溜息とともに、扉に向かった。

 人を押しのけて歩くのは、こつさえつかめばなんとかなった。勧誘をしている人たちが狙い目だ。

 二年三年の先輩方は、あくまで勧誘が目的なのだから、拒否を前面に押し出せば、割合あっさりと退いてくれる。引きぎわを心得ているということか。

 むしろ邪魔なのは、混乱している一年生の方だった。

 だから、なるべく先輩方のいるあたりを選んで進む方がいくらかましだ。


 そうやってどうにか廊下を抜け出して、やはり人は多いが広くなった分余裕のある一般教室棟と特別教室棟とをつなぐ渡り廊下も越えれば、突き当りの角部屋が図書室だ。

 なんとかもぐりこんだ司は、ぐったりとして息を吐いた。

 図書室の引き戸は開けっ放しだが、さすがにここまで勧誘の波はやってきていない。

 隣では、ルナが今にも膝をつきそうで、とりあえず閲覧室のパイプ椅子に座ろうとうながした。


 図書室は、入った突き当たりにカウンターがあり、その手前は左手側が新着図書やお勧め本のコーナー、右手側が文庫コーナーになっていて、閲覧室はカウンターを横切った左手側、新着図書と雑誌の棚の裏だった。

 長机が二客一組で八組並べてあり、それぞれに六つの椅子が配置されている。

 近くの一脚を引いてまずはルナを座らせ、司自身もその横を引く。入学式の後だけあって、他に生徒の姿はない。閉まっていて不思議のないくらいだ。

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