君の願い
商店街の賑わいが過ぎ去り家々に明かりが灯る頃、ただ一人を除いて辺りには誰もいなくなった。暗い色の制服を着た女子生徒だ。
藍色に包まれた商店街を一人でウロウロしている女子生徒。目元が隠れるまで伸びた前髪と癖の強い髪をお下げにしており、揺れた前髪の下から瓶底眼鏡がちらりと見えた。
時は十八時五十八分。
周囲を頻りに警戒している様子からして、陰気そうな女子生徒はあの噂を聞いてここに来たのは明らかだ。
彼女が何を思ってここに来たのかは不明だが、少なくとも怖いもの見たさではなさそうであった。瓶底眼鏡の下に見える目からは真剣さが感じられる。
しかし、いざ来てみると”ここで願いが叶えて貰える”という期待と、”本当に現れたらどうしよう”という恐れが重なり、奇妙な不安感に駆られているのだろう。問題の路地とは少し距離を取っている。
そんな女子生徒の心境を置き去りにして時は刻々と進み、針は十九時を指し示した。
優柔不断な女子生徒の頭に耳鳴りの様な高音が響き、驚きのあまりしゃがんでしまった。耳を塞いでもなお止まないその音は、噂の路地から聞こえていた。
女子生徒はフラフラと立ち上がりながら路地の方を見ると、先ほどまで暗闇が広がっていた路地に青白い光が見えた。まるで怪談話に度々登場する火の玉のようだ。
その光はやがて大きな円の様に広がり、眩い光を放って弾けた。あまりの眩しさに女子生徒は目を閉じる。
やがて目の眩みが収まりゆっくりと瞼を開けると、路地には同じ制服を着た少女が立っていた。その姿は一見生身の人間に見えるが、ホログラムの様に時折揺らいでいる。
路地の少女は無言のままで女子生徒をじっと見つめている。
噂の通り現れた目の前の存在に言い知れぬ感情を抱く女子生徒は固唾を飲み込む。
「あ、あの……あなたが願いを叶えてくれるっていう……幽霊?」
精一杯の勇気を振り絞って女子生徒がそう尋ねると、目の前の霊はこくりと頷いた。
霊の無言の返答に女子生徒の気分は舞い上がる。言葉を詰まらせながらも高揚した様子で霊に向かってこう言った。
「えと、えっとですね。私……と、友達が欲しいんです!」
女子生徒の願いを聞いた霊はにっこりと微笑む。その微笑みで女子生徒の期待は高まった。
すると、路地から1匹の黒猫が飛び出してきた。黒猫は女子生徒の周りをぐるぐると回り、撫でて欲しそうに足元に擦りついた。
女子生徒が足元の猫を抱え上げると、猫は目を細めて短く鳴いた。どうやらこの猫は女子生徒に懐いているらしい。
女子生徒は猫と霊を交互に見て言う。
「この子が、友達に……?」
霊は微笑んだまま頷く。
女子生徒は口元を緩ませ、可愛らしい猫に向かって小声で挨拶した。
それに答えるかの様に猫が短く鳴いた。
その瞬間だ。霊が口を開いたのは。
地獄の底から這い出る様な声で女子生徒に言うのだ。
「次ハ、ワタシ。ワタシガ、叶エテ、モラウ番」
そして霊は口が裂ける程にんまりと笑った。
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