第6話
「愛梨は……?」
園田夫妻は縋るような目で、クラス一同を見回す。
戻ってきた一年五組の中に、我が子の姿を必死で探し続けている。
「申し上げ難いのですが、愛梨さんはこちらには戻りません。伴侶を見つけ、向こうに残ることになりました。」
淡々とした優喜の説明に、園田夫妻は絶句する。
「愛梨さんさら、お手紙を預かっています。」
カバンから紙の束を取り出し、夫婦に手渡す。
「あの子は…… 元気…… なのか?」
「ええ。先日、赤ちゃんも産まれて、家族幸せに暮らしています。」
「そうか…… そうか。」
愛梨の父親は涙を零しながら「そうか」を何度も繰り返す。母親の方は言葉も出てこないようだ。
涙を拭い、去っていく園田夫妻を見送ってから、優喜は声を張り上げる。
「次! 西村力也、牧田健、両名のご家族はいらっしゃいますか?」
「ウチの息子は」
「では、清水くん、説明をお願いします。」
優喜は、相手の言葉を遮り、振り向いて清水司を呼ぶ。
「え? ぼ、僕が説明するのかい?」
司は何か何か不満そうだ。
「そりゃあ、そうでしょう。当時の状況を一番知っているのはあなたでしょう? リーダーとしての務めは果たしてください。」
優喜はそれだけ言って、他の者たちのところまで戻っていく。
「ウチの息子は、健はどうしたんだ?」
興奮を抑えながら、白髪混じりの男が司に詰め寄ってくる。
「あ、あの、牧田は、牧田健くんと西村力也くんは……」
司は言葉を詰まらせる。
そんな司を、健の父親は殴りかかりそうなほどの迫力で睨んでいる。
「……二人とも、死にました。」
掠れた声で何とか言葉を口にする。
「……死んだ? 死んだだと? 何でだ!」
牧田夫妻は取り乱し、騒ぐ。
息子が死んだと聞かされた親の反応としては、十分予測された範囲内ではある。
だが、司はたじろぐばかりで、まともに応対できていない。
「う、碓氷……」
「私は人伝にしか聞いていません。当事者であるあなたが説明してください。」
司は半泣きになり、優喜に助けを求めるように呼ぶが、優喜は司を突き放す。
「私の庇護下は嫌だと出て行ったのはあなたたちでしょう? そして、あなたはそのリーダーでしょう? 責任もって自分たちでやってください。」
優喜はそう言って榎原敬、田中宗一郎、中邑一之進の三人を見る。
彼らも、牧田健と西村力也が死亡したときに、一緒にいたメンバーである。
優喜に視線で促された、三人が司に加わって、遺族への説明をぽつぽつと始める。
「では、こちらの方もいきますよ。出席番号一番、相くんから順にどうぞ。他の方に迷惑になりますので、この場で騒がず、速やかにお帰りください。」
「迷惑って今さらじゃない?」
「空港を占拠していると、巨額の損害賠償請求されますよ。」
理恵のツッコミに、優喜は笑えない理由を返す。
だが、事前の注意にもかかわらず、戻ってきた我が子を囲み騒ぐ家族は続出する。
「邪魔ですから、家でやってください!」
警笛を鳴らし、優喜は声を張り上げる。
実に気が短いことだ。そして、人の気持ちを考えない。
「芳香、私たちも行きましょうか。」
出席番号四十番。最後の渡辺直紀が家族のもとに戻り、優喜は芳香に声をかける。
娘が戻ってくるのを今か今かと待っている家族が、一組だけ残っている。
「あれ? そういえば、優喜様の家族は?」
「まあ、来ないでしょうねえ。」
「仲、悪いの?」
「悪いわけではないですよ。まあ、変なだけです。気にすることはありません。そんなことよりも、ほら、ご両親が待ちわびていますよ。」
優喜と芳香は荷物を担ぎ、歩きだす。
「芳香、その子なに?」
「私と優喜様の子だよ。慶哉っていうの。弁慶、
両親そろって第一声がそれだ。元気そうなのは見れば分かることだ。一々聞くまでも無いのだろう。
むしろ、その腕に大事そうに抱いている子どもの方が気になるようだ。
子どもと言っても、既に一歳を過ぎ、ようやく卒乳が完了した程度だ。抱っこしていないと一人でどこかに行ってしまう、大変な年ごろでもある。
「優喜様?」
「どうも、初めまして。碓氷優喜と申します。芳香さんとは二年ほど前に結婚しておりまして、こちらでも一緒に暮らせればと思って」
「ちょっと、その話すると長いからさ、場所変えようよ。」
優喜の話を遮り、芳香が移動を促す。
「おーい、優喜様! どこかお店入って、ゆっくり話したいって! あ、お父さん、あの人が私の旦那サマ。」
「優喜様、芳香様! うちも一緒に行くよ!」
茜が手を振って優喜を呼ぶと、理恵もそれに続く。
「あの、優喜様はやめてもらえますか?」
「えええ? 優喜様が、様を付けろっていったんじゃん。」
「向こうでは身分差があったからですよ! こちらでは身分に差なんて無いですから、様なんて付けないでください。」
「えーー。ぶぅぶぅ。」
「ころころ変えるなー。ぶぅぶぅ。」
理恵と茜はぶぅぶぅと文句を言う。
「身分差?」
理恵の母親が怪訝そうな顔で訊く。
「優喜様は皇帝だったんだよ。」
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