第5話
異世界から帰還してきた宇宙船は、地球を周回しながら衛星軌道から大気圏へと突入していく。
いや、降下していくと言った方が正しいだろうか。
宇宙船の速度は、極めて、遅い。せいぜい、音速の倍程度だ。
動力源が神の力であるこの宇宙船は、減速に空気抵抗など必要としてない。というか、上下左右前後自由自在に加速できるため、垂直降下していくことすら可能だ。
「ただいま南アメリカ大陸上空を通過中です。」
大魔道のアナウンスが船内に響いた。
窓の外を見ると、頭上方向に大陸が見える。眼下には星の海が広がっている。
「ねえ、なんで逆さまなの? なんか怖いんだけど……」
寺島理恵が疑問を口にする。
「逆さまの方が重力制御しやすいんですよ。機内に掛けてる重力と地球の重力が揃うと、どうしてもやりづらいんですよ。」
「そういうものなんだ。」
「ぶっちゃけ、神といっても全能ではありませんからね。得手不得手はあるんですよ。」
神にそう言われたら、苦笑いしかできない。
「当機は十七時間ほどかけて札幌に向かいます。トイレは後方、食べ物は前方にありますので、ご自由にどうぞ。」
「はーい。」
宇宙船は東へ向かって地球を周っていく。
南米を過ぎて大西洋、アフリカ大陸、インド洋を横切り、東南アジアへと至ったころには、乗客は既に空の旅に飽きて疲れ切っていた。
「あと何時間ですか……?」
何度も繰り返した質問を、碓氷優喜がウンザリした様子で口にした。
「あと三時間もありませんよ。今はインドネシア上空、前方に見えるのは南シナ海です。もうちょっとの辛抱ですから、大人しく寝ててください。」
「そう言えば、大魔道さんは寝なくて大丈夫なの?」
「さっきから居眠り運転ですよ。」
「大丈夫なの?」
「高度四万メートルに障害物なんて無いですし、問題ありません。」
適当なことを言う大魔道。
「不法侵入で撃ち落とされたりしない?」
「そこらのミサイルごとき、はじき返してあげますよ。私の防御シールドを舐めてもらっては困ります。」
大魔道は、自信満々である。
「いやいやいやいやいや! ミサイル弾き返したらマズイだろ! そんな怪しげな飛行物体が日本に下りたら国際問題だろうが!」
堀川幸一は真っ当なツッコミを入れる。
「では、ミサイル食らっても平然と飛び続けてみせましょう。」
意図的なのだろうか、大魔道の答えは的を外している。
「ミサイル撃たれた時点でヤバいってば。」
「じゃあ、どうしろと言うんですか! 私、英語なんて喋れないですけど!」
理恵のツッコミに、大魔道は逆切れする。
「そこは神様の力で何とか……」
「何ともなりませんよ! 神の力は万能じゃないって言っているじゃないですか。」
大魔道はプリプリと怒る。
そして、三時間後。
「ようやく帰ってきましたよ。懐かしき我が故郷、札幌に!」
「おおおおおおお!」
「おぎゃあああ!」
客室に歓声が上がり、驚いた赤ん坊が泣きだした。
「あれ? ここどこ? 千歳じゃないの?」
窓の外を見て、津田めぐみが小首を傾げる。
「札幌空港と言っているでしょう? 丘珠に決まっているじゃないですか。」
正確には札幌飛行場だ。尚、新千歳空港は『札幌行』などと表記されることはあるが、札幌空港と呼称されることは無い。
宇宙船は着陸態勢に入り減速しつつ速度と高度を落していく。
「こちら正体不明機、機長の神です。札幌飛行場、応答願います。」
大魔道は周波数帯を切り替えながら無線通信を呼びかける。
既に、高度は五千メートルを切っており、地上から視認できる距離に入っている。
「ねえ、大魔道さんって、無線免許とか持ってるんですか?」
大魔道の声は、機内にも伝わっている。
「そんなの、あるわけないでしょう。私は神ですから人間の法律の適用外なのですよ! ふはははははは!」
何故か勝ち誇っている大魔道。
念のため記述しておくが、航空無線の帯域ではなくとも、数キロ離れた距離での無線通信が可能な電波を発するには相応の資格や認可が必要である。
「こちら札幌飛行場。正体不明機、国籍・機体名・所属等を返答願う。」
「国籍は一応日本、無所属。機体名もありません。」
大魔道は素直に答える。
「あと数分どで到着するのですが、着陸許可をいただきたい。必要滑走距離はゼロ。垂直降下も可能です。」
大魔道の要求後、その返答がくるまで三十秒以上を要した。
「こちら航空自衛隊。正体不明機の目的を問う。」
無線の向こう側は、航空管制と言うよりも、防衛を前面に出してきた。
「行方不明者を連れて帰ってきたので、受け入れだけしてあげて欲しいのですが。」
「行方不明者?」
「二〇一八年四月の、札幌稲峰高校集団行方不明事件はご存知ですか? その被害者の方々です。偶々発見したので連れてきました。」
「関係各所に確認しますので、少々お待ちください。」
「分かりました。」
そして、宇宙船は空港ビルの上空、百メートル程度のところで許可が出るまで待機することとなった。
恐ろしい示威行為である。
謎の飛行物体が飛行場上空を占拠し、スピーカーで「行方不明者を連れ帰った」と叫びまくっているのだ。
周辺住民が騒がないはずもなく、警察も動かざるを得ない。
漸く許可が下りて、稲峰高校一年五組の面々が地上に降り立ったのは、ちょうど昼頃だ。
「何時間待たせるんだよぅ……」
韮澤駿がぐったりしながらタラップを降りてくる。
「約三時間です。」
答える碓氷優喜も同じようにぐったりした表情で、赤ん坊を抱いて降りてきた。
宇宙船を降りたからと言って、寛げるわけでもない。
周囲は警察官や空港職員に囲まれている。
「みなさん、忘れ物は無いですか?」
スピーカーから大魔道の声が響き渡る。
「大丈夫な人、挙手!」
優喜の指示で、全員、自分の荷物を確認して手を挙げていく。
「それでは、用事も済みましたし、私は失礼させていただきますよ。」
宇宙船のタラップが上っていき、機体が浮かび上がる。
「一同、礼!」
「ありがとうございました!」
伊藤芳香のよく通る声が響き渡り、クラスメイト達の声が重なる。
宇宙船は垂直に上昇し、空の彼方へと消えて行った。
「行っちゃったね。」
「私たちも行きますよ。」
優喜たちは、空港ビルとその前の人たちに向き直る。
「君たちが稲峰高校集団行方不明の被害者というのは本当なのですか?」
周囲を囲む警察官を代表して、一人の男が声を張り上げた。
「自分たちは被害者です、と名乗るのはあまり気分が良いものではありませんが、まあ、はいそうです。」
優喜は前に歩み出て答える。
「こちらからもお聞きしたいのですが、今日は何年何月何日でしょうか。」
「今日? 二〇二〇年七月十五日だが、それがどうかしたのか?」
「いえ、単に、何月何日なのかも分からなくてですね。どれくらい経ったのかが知りたかったんです。」
「身分を証明できる物はありますか?」
「生徒手帳くらいしかありませんけど。」
「それで十分です。」
言われて優喜たちはゴソゴソとポケットや鞄の中を探し、一人ひとり警察官に見せていく。
数名は生徒手帳を紛失してしまった者もいるが、半数以上は所持しているようで、特に問題は起きていない。
「この子は?」
優喜の抱いた子供を見て、警察官は眉を顰める。
「私の子です。母親はこちらの伊藤芳香さんです。」
警察官の問いに端的に答える優喜。
他にも赤ん坊を抱いている者を見ながら、警察官は複雑そうな表情をする。
「証明するものは?」
「そんなの無いですよ。あとで遺伝子検査でもしてください」
優喜は首を横に振る。
警察による一通りの確認が終わると、一同は空港ビルの方へと向かって行く。
「あれ? お父さんにお母さん?」
群衆の中に身内の姿を見つけ、芳香が声を上げた。
「警察の方も稲峰高校の行方不明とか言っていましたからね。家族が来たりもするでしょう。」
芳香の横を歩く優喜が、息子の慶哉の手を群衆に向けて振る。
「全体、止まれ!」
優喜の掛け声で、足を止める。
「何?」
「騒がしいことになる前に済ませたいことがあります。」
優喜は声をあげる。
「一年五組メンバーの中で、三名、戻らない者がいます。」
「あ……」
「園田愛梨さんのご家族の方はいらっしゃいますか?」
優喜の呼びかけで、一組の夫婦と思しき男女が前に進み出た。
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