第4話
「えー、この度は大魔道航空をご利用いただき、誠にありがとうございます。この機はゲレミク初、札幌行きでございます。いつ墜落してバラバラになるかも分かりませんので、みなさん着席の上シートベルトの着用をお願いします。」
大魔道のふざけたアナウンスが機内に流れる。
「墜落するのかよ!」
「シートベルト意味ねええええ!」
「安全第一で! 安全運転でお願い!」
乗客が一斉に騒ぎだす。
「黙れクソガキども。」
突然、アナウンスしていた機長の口調が変わる。
「座ってシートベルトしなさいと言ってるんです。」
スピーカーから大音量で指示が発せられ、乗客は渋々従った。
「それでは、地球までの百万時間ほどの旅、ごゆっくりお過ごしください。」
「死んじゃうよ! そんなに長生きできないよ!」
寺島理恵が叫ぶ。
「ほう。地球時間で、百万時間は何年だと思っているのですか?」
「百十年から百二十年くらい!」
「おお、凄い凄い。正解は百十四です。ご褒美に百万秒にしてあげましょう。」
「それでも十一日半ほどじゃないですか。」
碓氷優喜が呆れたように言う。
「これはまた随分とお早い計算ですね。」
「百万を八万六千四百秒で割れば良いだけじゃないですか。」
当たり前のように言う優喜。
「何で一日の秒数を覚えてるんだよ!」
「は? そんなの常識でしょう?」
優喜の言う常識は、世間一般からは大きくかけ離れていることに注意しなければならない。
大魔道を名乗る幼児は、その上を行くのだが。
「私の負けのようですね。仕方がないので二十時間ほどにしてあげましょう。」
一体何の勝負だったのか、大魔道が折れてみせる。
「それでは、そろそろこの星の大気圏を出ます。」
唐突なアナウンスに、乗客たちは窓の外を見る。
眼下には、紅の大地が広がり、遥か遠くに青緑色の海が見える。
頭上方向には、星を湛えた大宇宙が広がっている。
増していく宇宙船の加速度に、体がシートに押し付けられる。
「十倍の重力、いってみますか? それとも、百倍?」
「せいぜい二倍で十分です。野菜の宇宙人じゃないんですから。」
大魔道の悪ふざけに、優喜は真面目に答える。
「そうですか。残念ですね。では、そろそろ次元跳躍に入ります。」
――エナジーレベル、最大
出力、安定まで、三、二、一、安定確認
速度低下、停止まであと三十秒
周辺障害物なし
跳躍先、太陽系、地球。距離一千万キロ内へ
念のために解説しておくと、宇宙船には世界の壁を超える機能など無い。世界の壁は大魔道本人が起こす神の奇跡の力で超える。
従って、大魔道のオペセリフには本人の気分以上の意味は無い。
――座標確認、三、二、一、位置固定
次元干渉開始、ゲートオープン
船体防護フィールド解除
色即是空、空即是色
受想行識、亦復如是
アブラ・カダブラ
マハリクマハリタ
ビビディバビディブゥ
開け、ゴマ!
そしてオペセリフからのワケの分からない呪文が続く。
「ちょっと待って! なんか、呪文が変だよ!」
「適当に言ってるだけじゃねえか!」
寺島理恵と堀川幸一はツッコミを忘れない。
「あ、やべ。」
大魔道の言葉を最後に、宇宙船は世界から消え去った。
宇宙船の窓の外が真っ暗になり、次の瞬間、真っ白な空間に放り出された。
真っ白な世界。
重力もなく、ただ、白だけが広がっている。
「え? ちょっと? 何が起きたの?」
「いやあ、済みません、ちょっと失敗しちゃって、みなさん死んでしまいました。」
大魔道の明るい声が聞こえてくる。だが、姿は見えない。
「ちょい待てやあああああ!」
「え? 死んじゃったの?」
「済みませんじゃねえぞおおああ!」
各人、好き放題に絶叫している。
「あ、転生したい人いますか? 今ならチャンスですよ。」
「そんなの良いから、早く生き返らせてくださいよ。」
死んでも優喜は冷静だ。
「やれやれ、せっかちですね。今、ちょっと待ってください。」
「うわああ!」
「おぎゃあ! おぎゃあああ!」
四十人が、訳のわからない叫び声を上げながら目を覚ました。
「生きてるの?」
「一体何をミスったんですか……」
首を横に振りながら優喜が訊く。
「いやあ、向こうとこっちでは物理法則が違うんですけど、そのせいで体と魂の転移タイミングがずれてしまいましてね。おかげで魂が外れちゃったんですよ。もう、大笑いですよ。はっはっはっは。」
「笑い事じゃねえだろ!」
「真面目にやってよ!」
ブーイングがひどい。
「細かいことをギャーギャーと煩い子猿たちですねえ。それはそうと、右後方に赤く光っているのは火星ですね。地球はここからだと新月状態みたいですね。肉眼での観測は難しいでしょう。」
大魔道が話を逸らし、外の解説を始める。
窓の外を見ると、たしかに後方に赤い星が浮かんでいる。
「ここ、どこなのよ?」
佐藤美紀が窓の外を眺めながら訊く。
「地球軌道の少し外側ですね。地球から六千万キロほど離れているようです。」
「六千万キロ?」
「光の速さでも地球まで二百秒くらい掛かります。」
「えええ? それ大丈夫なの? いつ地球に着くの?」
理恵は一々大袈裟だ。
「まあ、普通に行くと、四十時間くらいですね。」
「先刻、二十時間とおっしゃいましたよね……?」
伊藤芳香の声が低くなる。
「普通には行かないので大丈夫です。二時間程度で衛星軌道に入ります。」
「早! なんでそんなに縮むの?」
「そんなの、ワープするに決まっているじゃないですか。」
大魔道は当たり前のことを聞くなと言わんばかりの態度だ。
「質問! 宇宙って無重力なんじゃないの? 思いっきり普通に重力あるんだけど。」
津田めぐみが挙手をして質問する。
「単に、垂直方向に加速し続けているだけですよ。脳天の方向が地球です。」
「垂直方向にって、意味わかんねえよ! 翼とか何のために付いてるんだよ!」
「あなた、莫迦ですか? 翼なんて飾りに決まってるじゃないですか。宇宙空間では全くの役立たずですし。」
幸一のツッコミに、大魔道はきっぱり言い切った。
「ねえねえ、無重力体験ってしてみたいんだけど。」
興味本位で訊いてみたのは山口茜だ。
「めっちゃ怖いですよ?」
「怖い?」
「そりゃあ、体感重力が極端に小さくなったら、人は落下していると認識しますからね。」
隣に座っている優喜が説明する。
「正解です。では、ちょっとやってみましょうか。」
大魔道は宇宙船の加速を止めて等速運動に移行する。
と、同時に宇宙船内は無重力状態になった。
「うわああ!」
「んぎゃあ?」
「落ち! 落ちてるって!」
乗客たちは一斉に騒ぎだす。
「やめた方が良さそうですね。」
重力が戻る。
「凄え心臓に悪いわ。」
「めっちゃビビった……」
乗客は、揃って胸を撫で下ろす。平然としているのは優喜と芳香、そしてこの息子の慶哉だけだ。
「重力魔法を展開しておきますね。ちなみに、今、加速を切ったついでにワープしました。現在位置はだいたい月軌道くらいです。周回しながら地上に下りますよ。」
「地球どこ?」
「左前方です。」
軌道の外側から来たため、太陽光の当たっていない夜側の部分ばかりで三日月状にしか見えないが、確かに青い惑星が見て取れた。
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