第3話

 宮殿崩壊の報せは各地方貴族にも伝えられていった。

 そして、その四日後には新しい宮殿ができたと伝えられる。


 それだけ聞いたって、何が起きているのか分かろうはずもない。

 混乱に拍車が掛かるのみである。


 実際に帝都まで見に来た地方貴族も多くいた。

 そして、彼らは前面ガラス張りのビルを見て驚愕する。そして、建物内に入って、エスカレータやエレベーターを見て愕然とするのだ。


「やり過ぎですよ。」

 皇帝のあまりの見境の無さに、大魔道も苦笑いしかできない。

 とはいえ、その大魔道も、空中城という莫迦げたものを有しているのだが。


 宰相たちも妃たちも、この一ヶ月半で後任を指名し、ビシバシ鍛えながら引き継ぎ進めている。

 途中で大魔道から連絡があり、日本に帰るのは二週間ほど延期になっている。

 少々の猶予ができたとはいえ、大忙しなことには変わりはない。

 そして、ゲレム帝国は碓氷優喜の皇帝退位をもって解体となり、ウールノリアに編入されることになっている。


 現在の皇帝領はゲレム領となり、ウールノリア第三王子のケリグォロスが治めることになる。

 この王家は物騒な響きの名前の者しかいない。何か昔の転移者か転生者が関わっているのだろうか。

 このケリグォロスには魔法の素養が無いため、専属で魔導士を取り立てて、優喜の魔道知識を叩き込んでいる。

 一応、ケリグォロスも話は聞いているのだが、さすがに、魔法の素養実践できない者では理解に時間が掛かるようだ。

 そして、優喜はケリグォロスに数学や物理の知識を、鬼の勢いで叩き込んでいる。


 さらに、ドクグォロス王太子には、大魔道直伝のゲート魔法は王族の秘技として伝授する。

 王太子は、魔法の素養は高くはないが、まるっきり無い訳ではない。魔法を使う機会が無いため魔力は極めて低いが、足りない魔力は魔石の利用で補える。

 魔導士曰く、魔法を使っていれば、魔力はそのうち増えるだろうとのことだ。


 ゲート魔法は国内の何処にでも、自在に移動できれば便利だろう、というよりも、ゲレム地方に簡単に行き来できるようになることが主目的だ。

 ゲレムの国民、とくに貴族に、ウールノリアに組み込まれたことを知らしめる必要があるのだ。


「ゲレムなど北半分くらい割譲してやっても良いんだがな。」

「まあ、ウールノリアとしては痛くも痒くも無いですからねえ。」

「そんな訳にもいかないでしょう。軽く言わないでくださいよ。」

 面倒そうに言う王太子と皇帝に、ウールノリア宰相のヨコエメズは泣きそうな顔で諫言する。


 ウールノリアとしては、元々ゲレムの土地や貴族などに興味は無かったのだ。ゲレムが手に入って喜ぶどころか、寧ろ、現状は併合前よりも面倒なことが増えているくらいだ。


 短期的には、ゲレム貴族がウールノリアから離れていったところで何の問題も無い。

 だが、長期的に見た場合、貴族の離脱は非常に面倒なことになる。周辺各国からの無用な圧力が強まるのは、想像に難くない。

 周辺国には、ウールノリアに大義があるとか、あまり関係がないのだ。

 隣国が大きくなるのが気に入らない、ただそれだけだ。

 特に、北側の国は、より南の土地を欲しがっている。


「だって、別に大した収穫も無いし、鉱山とかあるわけでもないし。」

「しかも、冬には面倒な魔物が出るのだろう? どうにかして他国に押し付けたいのだがな。私にとってゲレムで魅力的なのは南方の三領だけだ。」

 ドクグォロスは本音を隠そうともしない。


「これというのも、全て前皇帝のせいです。そういえば、まだ生きているんですよね?」

「ああ、牢に入れてある。あの無駄飯食らいを処刑するなとお前が言い張ったんだろうが。」


「ちょっと、彼にも働いてもらいましょう。」

 優喜が悪の笑みを浮かべて言う。


 そして、使者を立てて周辺諸国を回り、ゲレムの割譲について、前皇帝に説明させることになった。

 ただし、これは優喜が日本に戻ってから、数ヶ月かけて行われる。

 さすがに一週間や二週間では無理がある。

 そもそも、先方にアポイントを取らねばならないのだ。もちろん、その大量の書状を書きまくるのは前皇帝の仕事だ。



 五月二十六日

 遂に、日本へ帰国する日だ。

 稲嶺高校一年五組、四十人。プラス教師一名。うち、二名が死亡し、一名が残留だ。

 かわりにという訳ではないが、一歳児一人、三ヶ月の赤ちゃんが一人増えている。

 ゲレムの庁舎前広場にクラスメイト一同が久しぶりに集まっていた。


 やっと帰れると浮かれている者、別れを惜しんでいる者、複雑な表情を見せる者、疲れ果てて荷物にもたれながら寝ている者。

 各人、思うことは色々あるのだろう。


 そこに、飛行機が降りてきた。

「飛行機で帰るのかよ!」

 ツッコミの達人、堀川幸一が大げさなアクションで叫ぶ。

「宇宙船なんじゃないですか? たしか、作るとか言っていましたよ。」

「何で宇宙船?」

 津田めぐみが頭を傾げる。

「さあ。大魔道さんに聞いてください。」

 大魔道のやる事は常軌を逸しすぎているため、優喜は理解を放棄している部分がある。

「っていうか、空中静止とか垂直降下とかできるなら翼要らんだろ!」

 幸一は、静かに降りて来た宇宙船にさらにツッコミを入れる。


 などと言っている間に、宇宙船は着陸し、入り口が開いてタラップが降りてくる。


「日本に行く方は速やかにお乗りください。」

 どこにスピーカーを搭載しているのか、大魔道の声が大音量であたりに響く。

「十四、十三、十二……」

 そして、やたら短いカウントダウン。大魔道は容赦ない。


「ちょい待てぇぇぇ!」

「嫌です。待ちません。」

 どうやっているのか、大魔道には聞こえているようだ。幸一の叫びに無情な返事が返ってきた。

 そして、カウントゼロで本当にタラップが上がっていく。


「やれやれ、せっかちな方ですね。」

 優喜は嘆息し、機内へのゲートを開く。

「みなさん、さっさと乗ってください。」

 急かされて工場チーム、文官たちが慌ててゲートをくぐっていく。


「本当に日本に帰らないの?」

 小島明菜が何度も繰り返した言葉を口にする。

「うん。」

 頷く園田愛梨の顔は暗い。だからこそ、明菜も心配するのだろう。


「ねえ、優喜様、何とか」

「なりません。」

 優喜は明菜の言葉をぴしゃりと遮った。

「子供は連れて行って良い、それが最大限の譲歩です。この世界の人間を連れて行くことはできません。」

「何とか交渉して」

「する材料がありません。そもそも前提として、私たちの願いが、元の世界に帰ることだから聞いてくれるんです。元の世界から別の世界に連れて行くなどありえません。私たちはゴチャゴチャと要求できる立場じゃないんです。」


「ねえ、優喜様が最初に言ってたこと、覚えてる?」

 芳香が横から声を掛ける。

「最初に?」

「決断は突然迫られるものだって。その時にちゃんと自分で決めれるよう覚悟をしておけって。」

 芳香が諭すように言う。

「突然っていっても、一ヶ月以上あったんだから、これ以上蒸し返すのはやめて。」

 芳香の口調は優しいが、有無を言わさない強さがある。


「いつまでやっているんですか? 早くしなさいと言っているでしょう? 本当に置いていきますよ?」

 大魔道は苛々した声で催促する。


「芳香、行きますよ。置いていかれては敵いませんからね。」

「うん。ほら、明菜も。」


「ちょっと待って!」

 ゲートに向かう二人を、明菜が呼び止める。

「これ、お父さんとお母さんに……」

 そう言って手紙を渡す。


「確かに預かりました。それでは、お元気で。」

 優喜はそう言い残してゲートをくぐっていった。

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