第2話

崩壊した宮殿の瓦礫を退かせて、埋もれていた人全員の救助が終わったのは、空が白んできてからだった。

大魔道の陽光召喚魔法によって、ずっと昼だったのだが。


「やっと…… 終わりましたよ……」

ぶっ続けで救助活動をしていた碓氷優喜は疲労困憊の様子だ。

優喜の魔力はとうに尽きている。途中で瓦礫の下から発掘した魔石の力で魔法を使い続けていたのだ。

魔力は補充できても、体力は補充できない。疲れ果てるのは当然とも言える。


「じゃあ、そろそろ説明してくれない?」

津田めぐみは鬼だ。皇帝が疲労困憊でも構わず要求を突き付ける。

二人の様子を、周囲の従者たちはハラハラしながら見守っている。

いくら津田めぐみが皇帝の信頼の厚い宰相であろうとも、無礼が過ぎるというものだ。


「今ですか?」

今の優喜には皇帝としての力強さなど微塵も感じられない。弱々しく懇願するように言う。

「何がどうなっているかも分からなかったら、休むこともできないよ。今の状況では情報が足りなさすぎて何の判断もできません。説明を面倒臭がるのは優喜様の悪い癖ですよ。」

村田楓も副宰相として、めぐみの肩を持つ。


「うぐぅ。」

一言も反論できず、優喜の目が泳ぐ。

が、周囲の者の殆どが宰相たちと同意見であるようだ。


「結論から言いますと。」

優喜は言葉をそこで切る。

「言いますと?」

めぐみがおうむ返しで続きを促す。


「敵は倒しましたので、もう心配はありません。」

「まず、その敵って何? そこから分からないんだけど。」

真実の全てを詳らかにせんと、めぐみの追及は厳しい。


「ヨルエ神です。」

優喜の発言に、従者や近衛、騎士たちが騒つく。

これは当然の反応だろう。ヨルエ神はこの大陸で広く信仰されている神である。

「以前から言っていたように、ヨルエは崇め奉る神などではありません。いきなり宮殿を破壊するような凶暴な存在ですよ?」

「と言うか、ヨルエは魔族の王ですよ。もうちょっと言うと、太古の昔、魔龍を従えてこの世界に攻め入ってきた魔物の主です。人々に信仰を植え付け、その力を吸い上げて何万年も生きていた寄生虫のような奴です。」

大魔道がヨルエの真実を告げる。

「ヨルエ神が魔族? そんな莫迦な……」

「だから、討伐しました。ついでに魔龍も四十九ほど殺してきました。」

「そうだ! 魔龍ですよ! お肉腐っちゃう!」

優喜が思い出して叫ぶ。


「魔龍の肉なんて食べるんですか?」

「鮮度が高ければ美味しいんですよ。すぐに悪くなっちゃいますけど。」

大魔道は訝し気な顔をしながら手を天にかざし、宙から何かを取り出すような仕草をする。

そして、腕を振り下ろすと、その先には三体の魔龍の死体が転がっていた。


「まだ食べられますか?」

大魔道は真剣な表情で訊く。

だが、優喜は残念そうに首を振った。

「うう、これは手遅れですね。」


優喜たちは平然と話をしているが、周りで見ている従者や近衛たちは息を呑み、激しく動揺している。

多くの者は魔龍の実物など見たことは無い。目の前に転がる巨大な屍が魔龍であるかなどと、誰も確信は無いだろう。

だが、この巨大な体躯の魔物が動き出したら、大変な事態になることは誰にでも容易に想像できることだ。


「死んでいるから大丈夫ですよ。」

優喜は、近衛兵たちが緊張しているのを見て、声を掛ける。

「食べないなら、燃やしちゃいますか。」

大魔道はまるで焚火でもするかのように軽く言うが、魔龍は全長十メートル以上もあり、それを焼き尽くすのは容易くはないだろう。


「あ、その前に素材採って良いですか? 魔龍の角とかウロコとか、超高級素材なんですけど。」

「確かに龍のウロコは魔石作りに最適ですが、作れるんですか?」

「ええ、良い魔道釜がありますので、割と簡単に。」

「じゃあ、全部出しましょうか?」

「ちょっと待って! 全部って結構イッパイいたよね?」

大魔道が当たり前のように言うのを、芳香が慌てて止めた。


「全部で四十九くらいでしたっけ?」

優喜が首を傾げる。

「多すぎだよ。どこに置くの?」

「じゃあ……、あと七匹くらいを……」

優喜が〆ると、大魔道は空間に穴を開けて、魔龍を引き摺り出した。


「じゃあ、近衛隊のみなさん、魔龍の鱗を剥ぎ取って言ってください。茜、理恵、緑星鋼のナイフはありますか?」

「あるよー。先着十四人までね!」

近衛隊から十四人が歩み出て、理恵からナイフを受け取ると魔龍の鱗剥ぎを始めた。


「ということで、魔龍を倒してきたことはお分かりいただけたと思いますけど。」

優喜が話を戻して、ヨルエが如何に悪の存在であるかを語る。


「私たちはこれから先、何を信じて生きて行けば良いんですか?」

「何って、信じるモノが必要ですか?」

優喜は首を傾げる。

日本人としては、熱心に信仰する対象を欲しがる心理は、簡単には理解できないようだ。


「ちゃんとしたこの世界の神様を信仰すれば良いんじゃないですか? ベロナァグ様の話はメイキス王国の古い記録に残っていますよ。」

大魔道が横から口を挟んできた。彼は幼い容姿ながら、多くの知識を有しているようだ。

「ベロナァグ?」

「ええ。ベロナァグ様がこの世界の神様です。もしくは創造神ゴーヅェフ様ですね。」

「まあ、神様の話は後にしましょう。」

優喜が一度話を打ち切る。


「とにかく、元凶であるヨルエは滅ぼしたので、このようなことはもう起きないでしょう。町の方は無事なようですし、建物を作り直してまた繁栄と安寧に邁進していってください。」

「他人事みたいに言わないでよ……」

「そこなんですよ。問題は。」

「問題?」

「私としては協力したつもりなのですが、どうなのです? 大魔道さん。日本へのゲートは開く程度の力は得られたのですか?」

「日本へ?」

楓が素っ頓狂な声を上げる。


「う~ん、試してみないと分からないですね。」

大魔道は殊更に難しい顔をして答える。

「ならば、早めに試していただけますか?」

「そうですね。ただし。」

大魔道は右手の人差し指を立てて、言葉を切る。


「ただし? 今更、他の条件とか言い出さないでしょうね?」

「条件と言えば条件ですね。一ヶ月くらいは時間を下さい。確か、四十人とか言っていましたよね? さすがにその人数だと事前準備は必要です。」

「そう言えば、事前準備で思い出しましたけど、乳児や妊婦は大丈夫なんでしょうか?」

「赤ん坊を連れて行くんですか? こちらの子供はこちらに置いて行って欲しいのですが。」

「両親とも日本人なんですが…」

「むぅ。微妙なところですが仕方が無いですねえ。」

腕組みをし、困った顔をして大魔道は首を振る。

「ただ一つだけ言っておきますけど。私が今回手を貸すのは、元の世界に帰ることです。何と言われようとも、こちらの住人は連れて行きません。」


「あの、ハーフは? 愛梨ちゃんが妊娠中なんですけど……」

理恵が恐る恐る質問する。

「は? そんなのまでいるんですか? あなたたち高校生なのでしょう? 軽々しく子供を作るなと教えられていないんですか?」

吐き捨てるように言う大魔道。

「それで、ハーフの子はどう扱うつもりですか?」

「それは一人ですか? 既に生まれている子は連れて行きません。妊娠中の女性の方は連れて帰っても良いですが、その後は大丈夫なんですか? 日本でちゃんと出産して育てていけるんですか?」

「それは……」

理恵は助けを求めるように優喜を見るが、優喜は首を横に振るのみだ。

「こちらではどんな立場なのか知りませんが、日本ではただの高校生なのでしょう? 夫婦でこちらで暮らした方が幸せなのではないですか? 夫と別れて日本に帰るなら初めから子供など作るなと言いたいですね。」


「返す言葉もありません。」

大魔道の言い分に優喜は頭を下げる。

「あなた達もですよ! 日本に帰るつもりでいたのでしょう? それで子供をつくるなど一体何を考えているのですか。」

「それに関しては反論させてください。」

優喜は顔を上げて言う。

「ほう?」

「彼女たちは王族に目を付けられておりまして、召し上げられるのを阻止するには誰かの妻として既成事実を作っておく必要があったのです。こちらの王子と子供をなしてしまったら、それこそ日本に帰れなくなってしまいますから。」

「ふむ。上手い言い訳を考えましたね。まあ良いでしょう。そういうこともあったのでしょう。」


「それで、日本に帰るのは一ヶ月後で良いですか? ここに居ない者にも話をしておかなければなりませんので。」

「そうですね。変更になりそうだったら早めにご連絡しますよ。」

「よろしくお願いします。」


そして、一ヶ月での怒涛の引継ぎが始まるのだった。

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