第7話

 札幌市東区にある、某ファミリーレストラン。

 そこに三家族プラス碓氷優喜が集まっていた。


「どういうことか、説明してもらおうか。」


 そう切り出したのは寺島理恵の父親だ。怒鳴りだしそうになるのを抑えているような険しい表情で優喜を睨みつけている。

 まあ、娘の夫に、他に二人妻がいるなどとと聞いたら平常ではいられないだろう。


「ええと、まず、第一夫人が芳香で」

「お前は黙ってろ!」

「ふぎゃああああああ……」


 軽く説明しようとした理恵を、父親に怒鳴りつける。

 そして、茜の抱いた赤ん坊がそれに驚いて泣き出した。

 こちらは芳香の子とは違って、まだ四ヶ月くらいの丸々した赤ん坊だ。


「伊藤芳香さん、山口茜さん、そして、寺島理恵さんの三人を妻としたことに相違ございません。諸々の経緯はありますが、ご挨拶が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。」

「そんなことを聞いているんじゃねえ!」


 優喜のあまりにも形式ばった言葉に、山口茜の父親も興奮を抑えられないようだ。

 その一方、伊藤芳香の両親は孫にメロメロになっている。


「何と言っても納得されることはないでしょう。第二、第三夫人なんて、日本では愛人扱いですからね。ですが、それでも私は、他人に恥じることはしていないつもりです。」


 優喜は淡々と言う。


「恥じることじゃない? 何人も妻を持つことが? 何をどう考えたらそんなふうになるのか知りたいもんだな。」

「大切な人を守るためには、特別扱いを周囲にアピールするのも必要なことです。」


 優喜は一歩も引き下がるつもりは無いようだ。だが、その表情は暗い。

 眉を寄せ、目を伏せながら言葉を口にする。


「茜さんや理恵さんが向こうの人間と結婚してしまい、こちらに帰ってこられなくなる、ということも十分あり得たんですよ。」

「何を……!」

「事実として、一人、戻って来ない選択をしているんです。権力者にも目を付けられていましたし、私の妻にしておかなければ、誰かの妾にでも召し上げられていたかもしれません。」


 優喜は感情を抑え、淡々と説明を続ける。

 だが、その話をきいている方は穏やかではない。


「妾ェ……?」

「妻でもない女性が召し上げられるのは、止めようがありません。繰り返しますが、三人との結婚は、大切な人を守るために最善を尽くした結果です。」


 優喜はそう断言した。


「もし、権力者の愛人になっていたらどうなっていたの?」

「ちょっと待ってよ、お母さん。私そんなの絶対ヤなんだけど? だいたい、私、好きでもない人と結婚したり、子供作ったりしないよ?」


 理恵は母親の質問に物凄く不服そうに言う。


「幸せにはなれそうにないよね。」

「そもそも、その状況だったら日本に帰って来れなくない?」

「あー。その可能性も高いかもね。」

「優喜様のお嫁さんでよかったー。」

「ホントそうだよ。何だかんだあったけど、幸せだもん。」


 優喜の三人の妻たちは結構意見が合う。だから仲良くしていられるのだろうが。



「芳香たちを命を懸けて守る、ということで間違い無いな?」


 孫にデレデレしていた伊藤父が、突如真面目な顔で問いかける。


「その覚悟で妻に娶ることを決めたのです。今さら翻すなんてことをするつもりなどありません。」


 それでも山口家と寺島家の両親は不服そうだ。

 そんな数分の会話で納得できることでもないだろうが。

 むしろ、あっさり受け入れてしまっている伊藤家の方が非常識なのかもしれない。


「子どもとか、つくる歳じゃないでしょう? もう少し後先考えて行動したってい良いじゃないの。」


 そう言う茜の母親の表情はとても気まずそうだ。


「これは完全に言い訳ですけど、実のところ、ここまで早く日本に帰って来れるとは思っていなかったんです。」

「突然、日本に帰れるなんて、降って湧いてきたお話だったからね。」

「こんなに早く? 二年以上も行方知れずでどれだけ心配したと思っているんだ?」


「帰ってくる方法について、全く見込みが立っていなかったんです。今回は、日本出身の方が偶々私たちの噂を聞いてやって来て、同郷のよしみで送り返してくれただけなんです。自力で帰ってくるなら、早くてあと十年くらいは掛かっていたんじゃないかなと。」


「十年?」

「その方も、日本に帰る道を見つけるまで十年ほど掛かったと言っていましたから。下手をしたら、二、三十年掛かっても何の不思議も無いですよ。」



「もう良いじゃないですか。」

 訪れた沈黙を破ったのは伊藤芳香の母親だ。


「無事に、元気な姿で、帰ってきてくれたんだからそれで良いじゃありませんか。そんなことよりも、今後のことを離しませんか?」


「お母さん、ちょっと待ってよ。今後って言われても、私たち、こっちの状況ぜんぜん分かってないんだけど。そもそも、今日って何月何日なの? 二〇二〇年の夏で良いんだよね?」


 芳香が日付の確認からはじめる。


「七月十五日……だな。」


 芳香の父親は、スマホを取り出して日付を確認する。


「ということは、私たちは順当にいっていれば高校三年生なワケですよね。まだ稲嶺高校に在籍してるんでしょうか……?」

「退学になんかするか!」

「今は休学中だ。」


「あ、そうなんですか。私は普通に退学扱いになってそうなんですよねえ……」

「えええ?」

「酷くない?」


「別に酷くないですよ。だって、もう三年の夏ですよ? 留年扱いになるなら、私は戻りませんよ。」

「えええ? 学校に戻らないの?」

「三年生に編入できるならいいですけど、そうじゃないなら高卒認定試験受けた方が早いじゃないですか。」

「そうだよね。」

 芳香もぽんと手を打って頷く。


「さすが、頭いい人は違うよね。」


 茜の視線が宙を泳ぐ。


「そういえば、芳香様も三年生までの勉強終わってるって言ってたっけ……」


 理恵も顔を明後日の方へと逸らす。


「別にそんな大した難しいことやってないんですから、一週間くらいで詰め込めば良いじゃないですか。」

「そうそう。高校の勉強って、ゲレムでしてた仕事より簡単だよ? 余裕、余裕。」


 優喜と芳香は気軽に言う。


「まじか。」

「勉強は良いけど、子育てどうしよう。」

「私は今年は受験は無理かなあ。この子、生まれるの冬だし。」


 理恵は大きくなってきたお腹をさすりながら言う。


「出産日によっては共通一次とか受けられないと思うんだよね。」

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