第5話 接着剤でなんとかなりませんか!

 チクビと啓介の尻バトルは佳境に入っていた。

 ここまでは、予想に反して両者互角、一歩の譲らない展開であった。


 しかし、啓介の表情に余裕は全くなかった。あれだけコーナーに磨きをかけてきたにも関わらず、チクビの天才的コキックスの前に全く有利なポジションを取れない。


「くそっ! どんだけ放してもコーナーで追いつかれちまう!」


 直線では、新型の神輿に乗っている啓介に分があるが、直線で作った貯金をコーナーで簡単に詰められてしまっては、こりゃ癪だ。

 啓介が死に物狂いで開発した4コキなど、チクビの7コキの前では全く相手にならない。

 啓介は冷や汗を垂らしながら「ゲルマン」と豆電球を光らせるその目の前で「ゲルマン野郎」と7コキの豆電球を見せつけられては、面目丸つぶれといった感じである。

 さらに、豆電球の下につけた鈴に至っては、秋の夜長のスズムシの鳴き声にかき消されて、何の意味もないときた。


 そして、両者ほぼ同時に、あの前の夜に二人が出会った5連続コーナーにや入ってきた。


 最初のコーナー、全く横一線に並んだ、チクビと啓介がほぼ同時にズボンを脱いだ。


「しまった!」


 が、ここで啓介にマシントラブル。なんと豆電球の下の鈴がズボンと絡まってしまい、完全に尻が脱げていない状態でコーナーに入ってしまったのだ!

 なんとか「初日の出!」といってコーナー中にズボンを脱ぐことはできたが、2コキが精一杯。

 ここでチクビが圧倒的スピードで前に出た!


 うおおおおおおおおおおおおおお!


 ギャラリーが湧く!


「はみ出し兄弟伝説に今夜で終止符だ!」「新たな伝説の幕開けだ!」「Dプロジェクト、ここに潰えた!」


 Dプロジェクト……。


 啓介の脳裏に兄の声が消える。


「啓介、俺がこのDプロジェクトのDの文字に込めた思い、何だかわかるか?」

「知らん」

「いいか、このDは脱糞や大便以外にも、もう一つ、大切な意味が含まれているんだ」

「何だよ、大切な意味って」


 そう啓介が聞くと涼介はふっと笑った。


「それは、このプロジェクトが成功した時に、わかることだ」


 兄貴……。


「負けるわけにはいかないんだぁ!」


 啓介の中で覚悟が決まった。前を走る、藤原チクビ。尻神輿が好きでもないとほざく、こんなやつに、こんなところで、こんな醜態で、俺は負けるわけにはいかないんだぁ!


 前を走るチクビは、その時、生まれて初めて感じる寒気を後ろの尻神輿から感じた。

 まさにそれは、追い詰められた野生の動物が喉をかみ殺す時に見せる、殺気そのものであった。


「何かが来る!」


 S時コーナーの前、2つ目のカーブにチクビが先に入った。ズボンを脱ぐ。ここは安全に6コキでリードを保ちたいが……チクビはその時、思った。6個機では負けるかもしれないと!


「兄貴いいいいいいい!」


 啓介が遅れてコーナーに入った。今度はズボンをちゃんと脱げた。そして、尻を突き出した。


 クイッ! クイッ! クイッ! クイッ!


 啓介がいつも通りの4コキ、だが、何かがおかしい。豆電球は、あ、で、ら、ん……アデランってなんだ? とコーナーで見ていたギャラリーは首を傾げた。


 まさかっ!


「兄貴いいいいいいいいい!」


 啓介が最後の勝負をかけて、5コキの領域に入ってきた。


 クゥゥゥゥゥゥゥゥゥイイイイイイイイイイ!


「ス!」


 うおおおおおおおおおおおおおお!


 アデランスを完成させた啓介の5コキにギャラリーが湧く!


 ポミュン!


 ん? なんか変な音がしたか? 


 しかし、関係ない。思った以上に啓介とチクビの差は離れなかった。まだ、啓介はギリギリで可能性を残した。


「いける!」


 啓介は殺気めいた目を残したまま、チクビを追いかける。そして、チクビに遅れをとらず3コーナー目に入った。


 ズボンを脱ぐ、尻を突き出す!


 そして、クイッ! ……あれ?


 啓介は異変に気付いた。クイッ! あれ?


 何度腰を振っても、コキに入らない。


「なぜだ!」


 と、啓介が後ろを振り返ると、そこにあるはずの尻が消えていた。


「尻が……尻がねぇ!」


 さっきの五コキのとき、啓介の尻は「ポミュン」という音とともに、ムササビのように飛んで行ってしまっていた!


「ち、ちきしょう!」


 尻がなければ、コキはできない。コキができなければ、尻神輿は曲がれない。


 啓介の視界の先に、余裕の7コキを決めてコーナーを曲がっていくチクビの尻神輿が見えた。


 旦、那、な、ら、ま、だ、よ


「ちきしょう」


 啓介の尻神輿はガードレールに突っ込み、そのまま大破した。


 兄貴……すまねぇ。





 翌日。病院のベッドの上で啓介は目覚めた。

 弾け飛んだ尻は麓の道で見つかった。幸い、啓介側の右と左一個づつある、尻を取り付ける穴は無事だったが、お尻側の啓介にはめ込む為の突起部分が落下の衝撃で両方とも折れてしまっていた。


「これでは、尻はつけられませんな」


 しょうがないので、啓介の尻のはめ込む穴には、人生ゲームの子供の棒をはめて経過を観察することになったが、


「もうお尻をつけることはできないでしょう」


 この日、はみ出し兄弟の弟、はみ出し啓介はお尻屋を引退することとなった。


 そして、『尻の割れ目がケツの切れ目』とはよく言ったもので、啓介はこの日以来、すっぱりと尻神輿から縁を切ってしまった。

 その後、普通のサラリーマンとなり、職場のOLと結婚し、二人の子をもうけ、一人は男の子、もう一人は女の子で、週末には家族で近くの公園にお弁当持参で遊びに行ったりもするような人生を送ることになる。


 尻神輿と関わることは二度となかった……もう二度と。


 

「啓介……」


 尻に人生ゲームの子供を突き刺されて泣いている弟を見て、はみ出し涼介はフツフツと心の奥で何かを燃やしていた。


「藤原チクビ……お前の尻は俺がいただく」









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