第4話 セーラームーンに気をつけろ
「じゃ、じゃあチクビが本当に秋名の菊六乗りなのか!」
ボツキはまた驚いた。
「おい、藤原チクビ。教えろ、あの藤原女装癖ってのは、一体なんだ?」
「な、なんだ、と言われましても……」
チクビは、目をそらした。何を隠そう、その『藤原女装癖』こそ、チクビが明菜の菊六乗りになった伝説の原因なのである。
「ただの、親父の性癖です」
「なんで、性癖をわざわざ、神輿の横に書くんだ?」
「知りませんよ。俺が聞きたいくらいですよ」
幼い頃に母をなくした藤原家。チクビは父との二人暮らしで、父は割と放任主義でチクビのことを育ててきた。
そんな藤原家には、『家の中から、セーラームーンの曲が聞こえたら入ってきてはならない』という鉄の掟が存在する。
「てれ! テレレレン!」
家の中から父の歌声が聞こえたら、チクビは家に入ることができなかった。仕方がなく尻神輿を引っ張り秋名の峠で神輿を走らせて時間を潰す。そうやって、3歳の頃からテクニックを磨いていたので、高校生にして7コキという天才的なテクニックを身につけてしまったのであった。
「だから、なんで神輿に性癖を書くんだよ!」
また啓介に怒られた。こっちが聞きてぇよ。と、チクビは思った。
「まぁ、いい。お前、次、いつ秋名に走りに行くんだ?」
「いや、別に予定は……」
「あん?」
啓介はチクビの態度の違和感に気づいた。
「俺、別に尻神輿が好きなわけじゃないから、頻繁に走りに行くわけじゃないんです。あくまで、セーラームーンの曲が……」
「んなことはどうでもいいんだ!」
さっきまで「女装癖」のことばっか聞いてたクセによぉ、この客はよぉ! と、思ったけど言わなかった。偉いぞ、チクビ。
「『俺たちおヒップ組』には、いや、兄貴には『Dプロジェクト』って壮大な計画がある。こんな秋名の無名な尻神輿に負けたなんて、許されねぇんだ!」
チクビはこの時、啓介から放たれるオーラに気付いた。
Dプロジェクトとは、はみ出し涼介が掲げる関東最速計画。関東全ての峠の尻神輿のコースレコードを塗り替えるという壮大なものだ。
「非公式とはいえ、お前に負けたままじゃ、はみ出し啓介の示しがつかねぇんだ! だから、今度は公式の尻で決着をつけるんだ! だから、いつ走りに行くか教えろ!」
「だから……セーラームーンの聞こえる日に」
「いつ、聞こえるんだ、それは!」
「親父がムラムラしたら」
「いつ、ムラムラするんだ?」
「最近だとプリキュア見た後とか」
日曜の朝じゃねぇか。朝っぱらから変態かよ。
「わかった。じゃあ、日曜の朝、プリキュアが終わった後、待ってるからな」
「あ、ちょっと!」
啓介は話を聞かずに尻神輿に乗って行ってしまった。
日曜の朝は、親父はムラムラしているが、チクビは昼まで寝ているので、秋名に走りに行かずに事を済ますのである。
だから、日曜日の朝に秋名に行っても。
「なんで、来なかった!」
翌日の月曜日、バイト中のチクビの元に啓介がやってきた。
事情を説明すると……
「親父の女装癖の日を聞いたんじゃねぇよ。お前が走る日を聞いたんだよ!」
「だから、説明する前に出てっちゃうから」
「こっちにはDプロジェクトがあるんだよ!」
「俺には予定があるんですよ」
その日以来、チクビの家のあたりに張り込んでいる尻神輿が度々、見られるようになるのであった。
「デレ! デレレレン!」
「啓介さん! 来ました! セーラームーンです!」
決戦の夜はすぐそこであった。
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