6-2
浩はスマホを手に取り、LINEアプリを立ち上げた。普段は、萌衣との連絡以外の用途で、このアプリを使うことは無い。久し振りにリストをスクロールし「小田川大地」のタイムラインを開いてみると、そこには何も残ってはいなかった。大地がママズ・コンプレインを辞めて以降、彼とはメッセージのやり取りをしていないのだ。そんな昔のログが残っているはずも無かった。
奴の電話番号は、あの当時のままだろうか? ひょっとしたらLINEも、もう繋がらないかもしれない。そう思いながらメッセージを打ち込んだ。
大地、久し振り。元気でやっ
てるか?このLINE、まだ
生きてるのかな?
ちょっと話したいことが有る
ので、今度会えないかな?
恵のことだ。
よろしく。
その日、夜の12時まで待ってみたが、大地からの返信は無く、「既読」にすらならなかった。やはり、もう繋がっていないのか。真っ暗な寝室を、スマホの眩し過ぎるくらいの明かりが満たした。すると、隣で眠っていた萌衣が目を覚ましてしまい、眠たそうな顔で聞いてきた。
「まだ寝てないの?」
「あぁ、ゴメン。もう寝るよ」
明日、また別の手を考えよう。でもどんな手が有る? そんな風に考えながらスマホを閉じ、浩は眠りに就いた。
翌朝目を覚ますと、浩は一人でベッドに眠っていた。萌衣は既に起き出した後らしく、台所からは朝食の準備をする音が聞こえる。直ぐさま枕元のスマホを手に取り、パスコードを入力する。立ち上がったディスプレイの左上に有るLINEのアイコンに、赤い丸が点灯していた。大地からの返信であった。
お久し振りです、浩さん。
元気でやってます。
恵のことですか? 判りました。
都合のいい場所を教えて下さ
い。中央線沿線なら行き易い
です。明日なら、夜7時以降
が空いてます。
大地の開封時刻を見ると、夜中の3時過ぎではないか。大学卒業後、どんな会社に就職したのかは知らないが、随分と忙しくしている様だ。浩はベッドに寝転がったまま、直ぐに返信を打った。
良かった、もう繋がらないか
と思ったよ。じゃぁ明日の夜
8時に国分寺でいいかな?
南口を出て左に行くと「魚の
助」という居酒屋が有るので
そこで。よろしく!
翌日、会社が退けてすぐに中央線に乗り込んだ浩であったが、三鷹付近で人身事故が有り、暫く電車内に閉じ込められてしまった。電車内からLINEで、遅れる旨を大地に伝えると、「先に軽く飲んでます」と返信が有った。約束の時間に少し遅れて国分寺駅に着いたのは、夜の8時10分過ぎであった。
予定より20分遅れの電車から飛び降り、急いで国分寺駅の改札を抜け、南口から通りに出て目的の居酒屋を目指す。マンションの一階はブティックや雑貨店が入っていて、二階に続く外階段を昇ったところに、その居酒屋は有った。「らっしゃーぃ! 何名様でしょうか?」と威勢よく訪ねる店員を左手で制して店内を見渡すと、窓際の小さ目のテーブルに向かって一人でビールを飲んでいるサラリーマン風の男が目に入った。あの頃とはだいぶ様子が違うが、間違い無い。大地であった。
仕事帰りのサラリーマンやOL、学生たちでごった返す店内のテーブル脇を抜け、その男の横に立つ。お通しだけでチビチビとビールを飲んでいた男は顔を上げて浩の顔を見た。
「よっ! 久し振りっ!」
浩が言うと、大地は椅子から立ち上がり、少し丁寧過ぎる感じで応えた。
「お久し振りです。浩さん」二人は固く握手を交わした。
浩は店員に向かって「生中一つ!」と声を掛けると、大地の前の席に着いた。
「元気でやってたか?」
そう尋ねる浩に、大地ははにかむ様な表情で言った。
「えぇ、元気です。浩さんも元気そうですね?」
「俺か? 俺は相変わらず元気でやってるよ」
久しぶりの再会に、心が浮き立つような感じであったが、そんな浩とは対照的に、少し落ち込む様な雰囲気をまとった大地に違和感を覚えた。
「どうした? 疲れてるのか?」
大地はフッと笑い、照れたように言った。
「えぇ、まぁ。疲れていないと言ったら嘘になりますね」
「そっか、悪かったな。疲れてるところを」
「いいえ。全然大丈夫っすよ」
あまり大丈夫そうには見えなかったが、浩は努めて明るく話を続けた。
「大学出た後、何処に就職したんだ? 随分とパリッと決めてるじゃないか」
ネクタイはしていなかったが、大地はスーツ姿で何処かの一流企業の社員といった風情だ。それに対し浩は、ポロシャツにチノパンという随分ラフな格好である。浩が務めるのは一般企業ではあったが、技術系の研究所勤務という関係上、スーツなどの着用は義務付けられていないのであった。
「俺、中野署の刑事なんです。まだまだ駆け出しですがね」
「け、刑事だって!?」
浩は大きく仰け反った。
「意外でしょ?」
大地は悪戯っぽく笑った。浩は開いた口を閉じることが出来なかった。
「お前が刑事だって? ひぇ~。随分と遠い世界に行っちまったんだな」
「遠いってことは無いでしょ」
「たしか、慶陵の法学部だったよな? 俺はてっきり弁護士か何かになるもんだと思ってたよ。それが刑事とはなぁ」
浩との会話で、少し気分がほぐれてきたのか、大地の口も軽くなり始めた。酒が回ってきたのもその理由の一つだろう。丁度、店員が浩のビールとお通しを持って来て、ついでに枝豆やら揚げ出し豆腐と一緒に、大地のビールのお代わりを注文した。
「結婚したんですか?」
左手の薬指に光る指輪を認めた大地が聞いた。浩は少し恥ずかしそうに答えた。
「うん、籍を入れただけで、まだ式は挙げてないんだけどね。二人とも忙しくてさ・・・」
「あの、プラノーでピアノ弾いてた
「まぁね」
「いいなぁ、羨ましいですよ」
「お前はどうなんだ?」
「俺はまだまだですね。決まった女性もいないし」
大地が笑うと、浩も笑った。
そんな世間話も一段落し、大地が話を振った。それまでとは異なり、真剣な表情だった。
「で、恵の話って何ですか?」
「そうそう、恵だよ。アイツ、今どこに住んでるのかな? 知ってる?」
「えっ?」
大地の顔色が変わった。それに気づく様子も無く、浩は続けた。
「いやね、先週たまたま渋谷で会ったんだよ、恵に。でもその時の様子が変でさ。なんだか痩せてたし、顔色も悪かったな。んで、心配になってお前が居場所を知ってないかな、と思ったわけよ。あいつのLINE、もう全く通じないし、メッセ入れるって約束したのに、何にも打って来ねぇでやんの」
「先週って何曜日ですか?」
「えっ? あれは確か金曜の夜だったと思うけど・・・ なんで曜日なんか聞くんだ?」
「浩さん、知らないんですか?」
「知らないって、何がだよ?」
「知ってて俺に連絡して来たんじゃないんですか?」
大地は浩から目を逸らし、テーブルを見つめた。しかしそこにある枝豆を見ているわけではなさそうだ。
「何だよそれ? お前、何を知ってるんだよ? てか、俺が何を知らないんだよ?」
「本当に知らないんですね?」
「・・・・・・」
再び大地は、浩の目をまともに見据えた。
「恵は・・・ 殺されました」
「!!!」
「先週の金曜に・・・」
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