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急遽、ドラマー探しが始まった。と言っても、恵の高校で探すのは無理が有るので、必然的に浩の大学で探すこととなった。ママズ・コンプレインの音楽性から、ロック研究会や軽音楽部に声を掛けてみると、ママコンの事は知っていたらしく、何人かが快く手を挙げてくれた。ところがそのドラマーとスタジオで音合わせをしてみると、どうしても恵と合わない。音が合わないのではなく、性格が合わないのだ。厳密に言うと、誰がやって来ても、恵がそいつに喧嘩腰で食って掛かったりして、新メンバーを決めることが出来ないのだ。
「私、このドラムじゃ弾けない」とか「こんなモッサいドラムじゃダメ」とか、とにかく文句ばかり言う。当然、言われた方はカチンと来る。女子高生にそんな生意気なこと言われて、怒らない奴は居ない。中には「菅野。お前こんなバンド辞めてプラノーに専念した方が良いんじゃね?」みたいな捨て台詞を吐いて出ていく奴すらいた。浩の誘いに手を挙げるくらいだから、当人にはそれなりの自信もプライドも有ったはずだ。その度に浩は、「済まない。気難しい娘なんだ」とか「今度、学食で奢るから勘弁してやってくれ」などと気を使わねばならなかった。
恵のあまりの我儘に、いい加減ウンザリした浩が言う。
「お前、何がやりたいんだよ!? どうしたいんだよ!?」
「だって気に入らないんだもん!」
「気に入らなくたって、誰かに叩いて貰わなきゃしょうがないだろ?」
「いいじゃん、二人でやろうよ。ギターとベースだけでいいよ」
「バーカ。そんな演奏、誰が聴きたがる」
「私は観客なんてどうでもいいのに・・・」
その発言は、浩の耳には届いていなかった。代わりにこう言った。
「ドラムの件はおいとくとして、キーボードを加えたらどうかと思うんだが・・・」
浩が言い終わる前に、恵はキッパリと言った。
「それは嫌だ」
あまりの即答に、チョッと狼狽えた浩であったが、たとえ恵がキーボードを入れてもいいと言ったところで、当てが有るわけではなかった。当然、まず最初に萌衣に声を掛ける事になるであろうが、いや、一番最初に声を掛けないと萌衣がへそを曲げるのは確実であろうが、萌衣がそれを断るのは、もっと確実なような気がした。
浩は「ふぅーっ」と溜息を吐いた。
そもそもキーボードの様な和音楽器が有ると、当然ながら
それと同時に、「いいじゃん、二人でやろうよ」という恵の声が耳に残っていた。
「ギターとベースだけでいいよ」
確かに。それも悪くないかもしれない。浩はそんな風に思った。
そんなゴタゴタを抱えながらでも、プライム・ノートでの演奏は、心を和ませてくれる。時にはメンバー同士の駆け引きの様な緊張感のある演奏もするが、基本的に気心の知れた仲間との演奏は、浩にとって何物にも代え難い宝物であった。ママズ・コンプレインの様な、神経をすり減らす様なテンションとは違い、心からリラックスできる。神田のライブハウスの打ち上げで飲んだ後、浩は高円寺にある自分のアパートに戻っていた。
「ねぇ浩。最近のあなた、あの娘に振り回され過ぎなんじゃないの?」とベッドの中で浩の腕枕に頭をもたせながら萌衣が言う。その左手の指先は、浩の胸を鍵盤に見立てて、何かのメロディラインを奏でるように戯れていた。
「あぁ、振り回されっ放しだな・・・」
「私、何か嫌だな。浩が振り回されてるのを見るの」
「・・・・・・」
浩はその言葉には何も答えなかった。その代わり、もう一度、萌衣を抱き寄せた。
次のドラマーが決まるまでの暫定フォーマットという訳でもないが、浩と恵は、二人で演奏する可能性を模索していた。いわゆる
楽器の方はいいとして、じゃぁどんな曲を演奏するか? そこはなかなかの難問であった。
「じゃぁさ、長渕剛でも歌っちゃう? 『恨みま~す』つって」
「歌うかっ! てか、それは中島みゆきだし」
結局、今までママズ・コンプレインで演奏してきた曲を、アコースティック・バージョンにアレンジして演奏することにした。それこそが、本来のアンプラグドの意味だ。決して、恋愛ネタを切々を歌い上げることをアンプラグドと称するわけではない。
恵は、新しい
そうして迎えた、新宿の小さなライブハウスの演奏は、意外にも盛り上がり、恵は益々ご機嫌であった。当然、ジミヘンなども登場した。恵は思う存分、羽を伸ばしたのであった。
「ねっ、また二人でやろうね!」
しかしながら、いつまでもアコースティック・デュオでやっているわけにもいかず、しかたなく浩は、プライム・ノートのドラマー、伊藤裕明にピンチヒッターを頼んでライブに臨むことにした。裕明に関しては、恵は大人しく受け入れることにしたようだ。それは、浩のバンド仲間だからなのか、それとも彼のドラムが気に入ったからなのかは判らなかったが、少なくともママズ・コンプレインのバンドとしての体裁は整いそうだ。
しかし前回のライブで、「真面目にやれ」と叱られた恵は、いつになく大人しい演奏に終始していた。やはりバンドとしての形を意識すると、アンプラグドの時の様に、自由奔放な無茶は出来ない。それはママズ・コンプレインらしくない、つまり恵らしくない、面白みの無いつまらない音楽であり、浩は、演奏を始めて直ぐにそれに気付いていた。
そこで、ある曲のギターソロが始まる部分で、浩は演奏をやめてしまった。当然、、ドラムとベースだけのリジッドなサウンドが響く。不審に思った恵が顔を上げると、浩は何も弾かずに恵の方を見ている。そして人差し指を「クィクィ」と動かし、恵に「かかって来い」と合図をした。
「さぁ、来いよ。俺のギターを
浩は、フレーズで恵を煽り始めた。恵も浩の挑発に気付き、ニヤリと笑う。
「やってやろうじゃない。食われても泣き言は無しだからね」
生き生きとしたベースが、ギターをプッシュした。ギターもそれを押し返した。時折それに、ドラムが絡み付いた。
その日の演奏は、ママズ・コンプレイン史上、最高の出来と言ってよかった。突然、ドラムがスピードを落としたり、シャッフルしたりした。ギターがいきなりジャズっぽくなったり、或いはブルースチックに変化した。バンドが作り出すサウンドは変幻自在という言葉がしっくりくるほど、バリエーションに富んだ変化を創出し、それは単に「ロック」という括りだけでは語れないサウンドとなっていた。いや、音だけを取れば、それは間違いなくロックだ。その曲を輪切りにして断面を覗けは、紛れもないロックそのものが顔を見せていた。しかし、その根底に有るというか、用いられている言語の様なものがジャズなのだ。大枠として方向性が与えられているだけで、そこにどのような音楽を築いてゆくかは、その時の気分次第で、その気分が三人分掛け合わされば、更に無限のバリエーションが生まれる。浩が参加した当初の、いや、あの頃を上回るスリリングな演奏が観客を魅了していた。
しかし、それを聞いていた萌衣は、深い嫉妬に襲われていたのだった。
「浩があんな風に掛け合いを煽るのは、今まで私のピアノだけだったのに・・・」
萌衣は、不安が的中したかのようなジリジリした感覚に襲われていた。掌に爪が食い込むほど、萌衣の手は強く握りしめられていた。
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