終 章 : レオンハート

 ステージと観客席は一体化していた。デビュー当初は若い女性ファンがその大半を占めていたが、今ではむさ苦しいロック好きオヤジなども聴きに来るような、を売りにするバンドになっている。年齢層は高めと言っていいだろう。逆にロックを知らない若造が紛れ込むと、なんだか場違いの様なプレシャーを周りの観客から受けるバンドとして認識されている程だ。会社帰りのサラリーマンなのだろうか、椅子の上に立って脱いだスーツを振り回しながら、「タクローッ!」などと図太い声で声援を送っている者もいた。いわゆる「黄色い歓声」というものが、コンサート会場から消えて久しかったが、メンバーはそんな状況を好ましく受け入れていた。それは元々、彼らが求めるものではなかったからだった。


 何曲目かの演奏が終わると、ステージ上が暗転した。観客たちは、次に何が来るのか期待に胸を膨らませて待っている。そして一本のスポットライトが、ステージの中央を明るく照らし出すと、そこには、深紅のジャズベースが浮かび上がった。恵の命日が近くなると、年に一度だけ行われるメモリアルイベントだ。レオンハートのファンにとってはお馴染み・・・・のイベントで、この特別な日のライブはいまだにチケットの入手が困難になるほどの人気を博している。ファンにとっても、バンドメンバーにとっても恵の存在は神格化された伝説のようなもので、バンドの方向性を模索して迷走するメンバーに一筋の光明の様な前途を指し示し、そして自分は疾風のように走り去って行った。恵が求めた音楽は、今でもレオンハートの中に受け継がれている。

 PAからは、恵の最後の音源となったあのデビューコンサートから、例のベースソロが流れ始めた。それと同時に、ドラムセットの後ろにあるモニターに、真っ赤なベースを弾く恵の姿が映し出された。ステージ上で演奏している写真だけでなく、スタジオで撮影したと思われる写真も有った。開演前に、SACのメンバーたちと談笑する写真も有った。カメラに向かっておどけてピースサインを送る写真もあった。代わる代わる投影される写真には、どこかの居酒屋での風景も紛れ込んでいた。TOSHI☆YAが割り箸をドラムスティック代わりにして、揚げ出し豆腐を叩いていて、それをヒロが止めようとしているらしく、口を尖らせて今にも何か言いそうな顔だ。タクローは後ろを向いて店員に何か注文していて、恵は腹を抱えて笑っている。

 暗転が解けて、再びメンバーがステージ上に姿を現す。タクロー、ヒロ、TOSHI☆YA、そして恵の後釜としてバンドに加わったマコトだ。観客たちは彼らを静かな拍手で迎えた。マイクの前に立ったタクローは、特に何も言いはしない。そんな上っ面だけのロックごっこを、恵は嫌っていたからだった。タクローが次の曲のタイトルだけを口にすると、直ぐに演奏が始まった。ここからコンサートの後半戦だ。シンミリしている暇など無い。レオンハートは今でも恵の背中を追って、走り続けているのだから。決して追いつくことの出来ないその背中を追って、ここまでやって来たし、そしてこれからも。

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