第五章 : テロリズム
5-1
小宮に釘を刺された手前、その次の前座ステージでは、恵の暴走は影を潜めていた。時々、誰にも判らない範囲でチョットした
前座の新人バンドのメンバーが、メインの先輩バンドより先に帰ることなど有り得ない。一種、体育会系の様なノリが音楽業界にも有る。
「恵ちゃん、お疲れ」
「あつ、ライナスさんっ! お疲れさまでした!」
声を掛けたのは、レオンハートがその前座を務める、スモーキー・エアー・カンパニーのベーシスト、ライナス加藤であった。
「今日は例の
「えぇ、小宮さんが、レオンハートが狙うファン層にはウケないからやめろって」
「あぁ~、なるほど。確かに、今は俺たちSACのファン相手だから、あの手の脱線はバカ受けするけど、レオンハート単独だったら喜ぶ客は少ないかもね。確かに小宮ちゃんの言う通りかもしれないな」
「そうなんです・・・ そう考えると、やっぱり小宮さんの言うことが正論に思えてきて・・・」
「まっ、俺、恵ちゃんのベース、すっげぇ好きだから、これからも頑張っ・・・ あれ? ひょっとして俺たちの前座やるの、今日が最後だったっけ?」
「そうなんです。今日が最終日なんです。袖でライナスさんのプレイを聴かせて貰って、凄い勉強になりました。有難うございました」
「ホントに? 俺と恵ちゃんじゃ、随分とタイプが違うから、そんなに参考になったとは思えないけどなぁ」
「ううん、スタイルとかジャンルとか、そういった事じゃなくって、もっとこう・・・ プレイの楽しみ方って言うのかな・・・」
その時、遠くから声を掛ける男が居た。SACのドラム、ジョージ長田であった。
「行くぞ加藤!」
長田の向こうには、ギターの竹山直樹の姿も見えた。いい歳したオヤジたちが名字で呼び合っているのが、何となく微笑ましくて、また羨ましくて、恵は二人に向かって頭を下げた。そもそもSACのメンバーは、リハーサルなどしない。フラリとコンサート会場にやってきて、チョロチョロっと演奏し、それでいて満員の会場を狂喜乱舞させて、またフラリと帰ってしまう。従って、会場入りする際も、コンサートが終わった後も、彼らがつるんで行動することなど滅多に無いのだが、今日は雑誌のインタビューが有るとかで、これから何処かのホテルに移動するらしい。
「おぅ、直ぐに行くから待っててくれ」
そう言って加藤は話を続けた。
「楽しみ方ね。確かに俺たちは楽しんでるよ。それが取り得というか、それしか無いというか・・・ じゃぁ、またいつか同じステージに登ることも有るだろうから、その時はよろしくね」
「ハイ! よろしくお願いします!」恵は勢いよくお辞儀した。
恵が思うに、SACは日本で最もカッコいいロックバンドの一つだ。そのメンバーの三人も、最もイカすロックオヤジたちだと思う。彼らのように演奏したい。どうしたら彼らのように楽しみながら演奏できるのだろう? そんな思いが突然、恵の心に湧いてきて、そして一気に溢れ出た。
「ライナスさんっ!」
片手を挙げて立ち去ろうとしていた加藤の背中に、思わず声を掛けてしまった。
「ん?」加藤は立ち止まり、そして振り返った。
「あの・・・ あの・・・ ライナスさんが若い頃って、どうだったんですか?」
加藤は恵に向き直った。
「俺たちの若い頃?」
立ち去りかけていた加藤は、再び恵に正対した。そして、後ろを振り返り、長田と竹山に向かって声を張り上げた。
「わりぃ、やっぱ先行っててくれ。後で追いつくから」
長田はオッケーという風に片手を挙げた。竹山は恵に言った。
「そいつは口だけは達者だから、騙されちゃだめだぞ、恵ちゃん!」
「うるせぇ、さっさと行け」加藤は二人に向かって、シッシと腕を振った。
そして、加藤はゆっくりと、ただし力のこもった声で話し始めた。「俺たちが若い頃は・・・」恵の質問の意図は、痛いほど感じ取っていた。
「売れるために自分らの音楽を変えたりはしなかったね。そういうことをするという価値観すら存在しなかったよ。ただ闇雲に自分らがやりたい音楽をやって、どう弾いたらカッコいいロックになるか、そればっかり考えてた。そうしているうちに、いつの間にか認められて、周りに人が集まるようになって、気が付いたらプロになっていた。そんな感じかな。言ってみれば、凄く幸せな時代だったかもしれないね。でも、今は違うよね?」
「はい・・・」
加藤はそこに有ったベンチに座った。恵もその隣に座った。ステージの方からは、コンサートスタッフたちが機材の搬出をしている音が響いてくる。
「今は、有名になる前にメジャーデビューする連中が多いから、そのバンドの音楽性は
機材を積み込む大型トラックが搬出口に横付けするため、ゆっくりバックしているのだろう。ピー、ピーという警告音が聞こえてきた。
「日本の音楽業界はそういうことをやって来たから
「大人の事情かぁ・・・ 私には判らないな。判りたいとも思わないし」
「そういった意味では、路上ライブとか、草の根みたいな下積みから火が点いてメジャーデビューしたやつらは強いよね。おそらく今後は、個人のネット配信みたいな、企業の思惑が絡まないフィールドで評価された者が次のステージに上がるという、俺たちの時代に近い状況に戻るんじゃないだろうか? レオンハートみたいに、売るために結成してデビューさせるっていう、企業主導型のスタイルは淘汰されてゆくと思うよ」
「私、そういうのが当たり前なんだと思ってました。だって、そういう風に、音楽事務所とかが世に
「だね。音楽シーンは業界の人間が作って押し付けるもんじゃない。それは音楽ファンの間に自然発生的に出来上がる物だっていう、当たり前の謙虚さを失った連中が幅を利かせ過ぎなんだ。この不毛とすらいえる
本当に悔しそうに話す加藤に、恵は意外な思いを抱いていた。
「ライナスさんが、こんなにいっぱいお話してくれるなんて、思いませんでした。もうちょっと怖いイメージだったし」
「意外だった? 俺、こう見えても、結構ジェントルでインテリなんだぜ。それがプレイスタイルには反映されてないけど」
「あはは」
「あはは、じゃなくて、そこは否定するところだ」
「ごめんなさい」恵はペロリと舌を出した。
「ビッグになれば、好きなことやらせて貰えるようにはなるんだけどねぇ・・・ 実は孫娘がベースを弾き始めたんだよ。彼女には恵ちゃんみたいなプレイヤーになって欲しいんだよね。だからさ、今度会う時は本当の恵ちゃんの
「はい、判りました!」
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