第五章 : テロリズム

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 小宮に釘を刺された手前、その次の前座ステージでは、恵の暴走は影を潜めていた。時々、誰にも判らない範囲でチョットしたイタズラフレーズ・・・・・・・・を挟み込むくらいで、面と向かってレオンハートの音楽性に変化をもたらすような行動は慎んだわけだ。もちろん、そんな演奏をしていても面白いはずも無く、特に恵の様なタイプのミュージシャンには、それは拷問とすら言えた。弾けば弾くだけ欲求不満が溜まり、音楽というものが持つ本来の意味合いから、どんどん自分が遠のいているような気分を感じた。そう考えると、音楽を職業とすること、楽器を弾くことで生活の糧を得ること、それらの行為は、自分を音楽から遠ざける愚行にしか思えないのであった。


 前座の新人バンドのメンバーが、メインの先輩バンドより先に帰ることなど有り得ない。一種、体育会系の様なノリが音楽業界にも有る。メインアクトのSACのステージが終わり、その後片付けを手伝った恵が、ため息をつくように楽屋から出てきたところで、声が掛かった。

 「恵ちゃん、お疲れ」

 「あつ、ライナスさんっ! お疲れさまでした!」

 声を掛けたのは、レオンハートがその前座を務める、スモーキー・エアー・カンパニーのベーシスト、ライナス加藤であった。

 「今日は例のミュージックテロ・・・・・・・・、やらなかったんだね? 俺、楽しみにしてたのになぁ」と、加藤はおかしそうに言った。

 「えぇ、小宮さんが、レオンハートが狙うファン層にはウケないからやめろって」

 「あぁ~、なるほど。確かに、今は俺たちSACのファン相手だから、あの手の脱線はバカ受けするけど、レオンハート単独だったら喜ぶ客は少ないかもね。確かに小宮ちゃんの言う通りかもしれないな」

 「そうなんです・・・ そう考えると、やっぱり小宮さんの言うことが正論に思えてきて・・・」

 「まっ、俺、恵ちゃんのベース、すっげぇ好きだから、これからも頑張っ・・・ あれ? ひょっとして俺たちの前座やるの、今日が最後だったっけ?」

 「そうなんです。今日が最終日なんです。袖でライナスさんのプレイを聴かせて貰って、凄い勉強になりました。有難うございました」

 「ホントに? 俺と恵ちゃんじゃ、随分とタイプが違うから、そんなに参考になったとは思えないけどなぁ」

 「ううん、スタイルとかジャンルとか、そういった事じゃなくって、もっとこう・・・ プレイの楽しみ方って言うのかな・・・」

 その時、遠くから声を掛ける男が居た。SACのドラム、ジョージ長田であった。

 「行くぞ加藤!」

 長田の向こうには、ギターの竹山直樹の姿も見えた。いい歳したオヤジたちが名字で呼び合っているのが、何となく微笑ましくて、また羨ましくて、恵は二人に向かって頭を下げた。そもそもSACのメンバーは、リハーサルなどしない。フラリとコンサート会場にやってきて、チョロチョロっと演奏し、それでいて満員の会場を狂喜乱舞させて、またフラリと帰ってしまう。従って、会場入りする際も、コンサートが終わった後も、彼らがつるんで行動することなど滅多に無いのだが、今日は雑誌のインタビューが有るとかで、これから何処かのホテルに移動するらしい。

 「おぅ、直ぐに行くから待っててくれ」

 そう言って加藤は話を続けた。

 「楽しみ方ね。確かに俺たちは楽しんでるよ。それが取り得というか、それしか無いというか・・・ じゃぁ、またいつか同じステージに登ることも有るだろうから、その時はよろしくね」

 「ハイ! よろしくお願いします!」恵は勢いよくお辞儀した。

 恵が思うに、SACは日本で最もカッコいいロックバンドの一つだ。そのメンバーの三人も、最もイカすロックオヤジたちだと思う。彼らのように演奏したい。どうしたら彼らのように楽しみながら演奏できるのだろう? そんな思いが突然、恵の心に湧いてきて、そして一気に溢れ出た。

 「ライナスさんっ!」

 片手を挙げて立ち去ろうとしていた加藤の背中に、思わず声を掛けてしまった。

 「ん?」加藤は立ち止まり、そして振り返った。

 「あの・・・ あの・・・ ライナスさんが若い頃って、どうだったんですか?」

 加藤は恵に向き直った。

 「俺たちの若い頃?」

 立ち去りかけていた加藤は、再び恵に正対した。そして、後ろを振り返り、長田と竹山に向かって声を張り上げた。

 「わりぃ、やっぱ先行っててくれ。後で追いつくから」

 長田はオッケーという風に片手を挙げた。竹山は恵に言った。

 「そいつは口だけは達者だから、騙されちゃだめだぞ、恵ちゃん!」

 「うるせぇ、さっさと行け」加藤は二人に向かって、シッシと腕を振った。


 そして、加藤はゆっくりと、ただし力のこもった声で話し始めた。「俺たちが若い頃は・・・」恵の質問の意図は、痛いほど感じ取っていた。

 「売れるために自分らの音楽を変えたりはしなかったね。そういうことをするという価値観すら存在しなかったよ。ただ闇雲に自分らがやりたい音楽をやって、どう弾いたらカッコいいロックになるか、そればっかり考えてた。そうしているうちに、いつの間にか認められて、周りに人が集まるようになって、気が付いたらプロになっていた。そんな感じかな。言ってみれば、凄く幸せな時代だったかもしれないね。でも、今は違うよね?」

 「はい・・・」

 加藤はそこに有ったベンチに座った。恵もその隣に座った。ステージの方からは、コンサートスタッフたちが機材の搬出をしている音が響いてくる。

 「今は、有名になる前にメジャーデビューする連中が多いから、そのバンドの音楽性は大人の事情・・・・・みたいな商業的な戦略で決められてしまう。当然、プレイヤーの意志とは関係なく売れる音を作ることになるから、どれもこれも似たり寄ったりのバンドが乱立することになるね。酷い話、売れ線を猿真似するとか、競合相手が居ない隙間を狙うとか、およそ音楽とは関係の無い価値観でバンドの個性が決められてしまうことも多い」

 機材を積み込む大型トラックが搬出口に横付けするため、ゆっくりバックしているのだろう。ピー、ピーという警告音が聞こえてきた。

 「日本の音楽業界はそういうことをやって来たからじり貧・・・なんじゃないのかな。その思考パターンから抜け出さない限り、これから先もどんどん衰退していってしまうと思うんだけど、違うかな? いずれにせよそんな環境では、新人が自分の思い通りの音楽を、思い通りに演奏させてもらえるなんて有り得ないよね? それは本当に不幸なことだと思うし、気の毒だとも思うよ」

 「大人の事情かぁ・・・ 私には判らないな。判りたいとも思わないし」

 「そういった意味では、路上ライブとか、草の根みたいな下積みから火が点いてメジャーデビューしたやつらは強いよね。おそらく今後は、個人のネット配信みたいな、企業の思惑が絡まないフィールドで評価された者が次のステージに上がるという、俺たちの時代に近い状況に戻るんじゃないだろうか? レオンハートみたいに、売るために結成してデビューさせるっていう、企業主導型のスタイルは淘汰されてゆくと思うよ」

 「私、そういうのが当たり前なんだと思ってました。だって、そういう風に、音楽事務所とかが世に出してくる・・・・・ミュージシャンしか見たことが無くって」

 「だね。音楽シーンは業界の人間が作って押し付けるもんじゃない。それは音楽ファンの間に自然発生的に出来上がる物だっていう、当たり前の謙虚さを失った連中が幅を利かせ過ぎなんだ。この不毛とすらいえる狭間・・の時代に、恵ちゃんの様な個性が巡り合ってしまったのは損失だな。もっと早く産まれるか、もう少し後に産まれたら良かったんだ」

 本当に悔しそうに話す加藤に、恵は意外な思いを抱いていた。

 「ライナスさんが、こんなにいっぱいお話してくれるなんて、思いませんでした。もうちょっと怖いイメージだったし」

 「意外だった? 俺、こう見えても、結構ジェントルでインテリなんだぜ。それがプレイスタイルには反映されてないけど」

 「あはは」

 「あはは、じゃなくて、そこは否定するところだ」

 「ごめんなさい」恵はペロリと舌を出した。

 「ビッグになれば、好きなことやらせて貰えるようにはなるんだけどねぇ・・・ 実は孫娘がベースを弾き始めたんだよ。彼女には恵ちゃんみたいなプレイヤーになって欲しいんだよね。だからさ、今度会う時は本当の恵ちゃんのを聴かせてよ。絶対に孫も連れてゆくから」

 「はい、判りました!」

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