第6話 半鐘を背に
「魔物っ!? こんな時間にか!?
皆は? 皆は無事かっ!? まだ、皆は畑に出ている時間だろうっ!」
「端の畑に出ていたトミーが大怪我したらしい! 今、近くに居たやつがどうにか運んできているって!」
「何、トミーが! おのれ、ついに被害が――――」
俄に騒がしくなった周囲の中で、ノゾムは一人静かに目をつぶっていた。
胸中を占めていたのは、後悔だ。
(また、なのか。また、俺は、不幸を振り撒いてしまったのか?)
未だに耳にこびりつく、あの夜の笑い声が蘇る。
(俺が、ここに来たから……。
俺が不幸を振りまく存在だから、きっと……)
闇の向こうの
(魔物を殺して、さっさとここから離れよう)
ノゾムは立ち上がり、今も右往左往とする人々を押しのけ外へと向かう。
「ノゾム殿!? まさか、一人でっ!
無茶です、我々とい――――」
気付いたカナック老人が上げる声を、扉で遮る。と、同時に横合いから声を掛けられた。
「お兄ちゃん、これ!」
見れば、使いを頼んだ少年だった。息は荒く、肩を弾ませている。その手には頼んでいた品物が抱えられていた。
「助かるっ!」
抱えた荷物から最低限必要なものだけを奪うように受け取ると、ノゾムは走った。
向かうのは東、先程自分が迎えられた門の方角だ。
近付くにつれ、耳に届く騒ぎも大きくなる。
未だ鳴り続ける半鐘の音を背に、ノゾムは門前へと至る。そこには既に人だかりが出来ていて、逃げてきた人々に手を貸すもの、慌ただしく行き来するもの、固唾を飲んで何かを見守るもの、と様々だった。
そんな人混みの中、門から入ってすぐ近くの、不自然に空いた空白部分に赤く濡れた中年の男と、手当に奔走する人の姿が見えた。
カナック老人の家で報告されていた大怪我した人物が彼なのだろう。
「どけっ!!」
殴り飛ばすような勢いで人をかき分ける。
「あ、あんたは……!」
問いかけてくる医者らしき男には目もくれず、ノゾムは怪我人の前に膝をつく。
治療のためだろう、怪我人の土に汚れた服は脱がされ、代わりに何かの薬を塗り込めた包帯のようなものが巻かれている。
しかし、血が止まる気配はない。今も、大きく切り裂かれた背中からジクジクと血が滲み出していた。
顔色も悪くなってきている。せめて出血だけでも止めなければ、助からない。
(テサ……俺に力を貸してくれ!)
心の中で強く念じ、回復魔法を行使する。あの傭兵団にいた頃に散々やったことだ。馴れている。
当時、密かに混じえていた実験の経験が役に立ったのか、すぐに出血が収まっていく。
それに気付いた医者の男から、驚きの声が漏れる。
(最低限、この位でなんとかなるか?)
多少は容態が落ち着いたのを見て取ったノゾムは、荷物を抱え直して走り始める。
静止の声が投げかけられたが、全て無視した。
轟音と共に土埃が舞い上がり、悲鳴と怒号が錯綜する。
逃げ惑う人々を緩慢な動作で一体の巨人が魔物が追いかけている。体高は四メートル弱。人と同じような頭はあるが、顔があるべき部分には虚ろな穴が空いている。
手足は体格に対して異様に長く、一歩が大きい。そのため、動作の割には足が速い。
今も、逃げる農民の一人に追いついた。掴みかかろうと、巨人が足を止めて手を振り上げる。
だが、巨人が足を止めたことが幸いした。
滅茶苦茶な叫びを上げる農民との距離が僅かに開き、目測を違えて空を切る。
再びの轟音。
その音に、一組の親子が身を竦ませて振り返る。かなり距離が詰まってきていた。
親子の位置から里まではまだ遠い。逃げ切れない。
「お前はエリーを抱えて、このまま逃げろっ!」
「あなたっ!」
「時間を稼ぐっ! 行けっ!」
父親が手にした鍬を握りしめて、人の流れに逆らう。
母親は、一瞬その背を追いかけようとして、唇をかみしめて里への道を急ぐ。
「やだ! やだ!」
むずがる娘が腕から抜け出したりしないように、一層の力を込めて。
「来いよ、化物! 畑仕事で鍛えた鍬さばき、舐めるんじゃねえぞ!」
父親が立ちはだかり、巨人が足を止める。
「おとうさん! おとうさんっ!!」
巨人の手がゆっくりと、大きく、持ち上げられる。
「うおおおおおおっ!」
その隙に、と父親が振り下ろした鍬は、しかし硬質な肌に遮られ、弾かれる。
僅かな反抗も、巨人の動きを止めるには至らない。
跳ね返った衝撃は、父親の姿勢を崩し、尻もちを着けさせた。
巨人の手が、天頂に届く。
もう、避けようがない。
「やだっ! やだぁ~~っ!!」
その巨大な掌で、何かの衝撃が弾ける。振り上げられた巨人の手が更に後ろへと流された。
バランスを崩し、巨体が後ろへと傾ぐ。
轟音。地響き。
もうもうと立ち込める土煙を裂いて、一人の青年が飛び込んで来る。
黒い髪に、赤い瞳。手にしているのは、いびつに歪んだやや大振りな直剣。
「やらせるかよ! それだけは、絶対にっ!!」
咆哮し、その青年は、ノゾムは巨人へと斬りかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます