第23話 エリックへの頼み

 マールに促されて、話し合い用に用意されているらしい、円状に配された岩の一つにエリックは腰掛ける。他の岩に座ったのはリーダー役のマールと、ガイと呼ばれた短髪の男と他三人。席に着かなかったメンバー数人も含めて、マール以外は全員男のようだ。


「さてさて、じゃあまずは互いに自己紹介……あ~……は、また今度にしようか」


 自己紹介と言い掛けて、露骨に顔を背けたメンバーの態度に肩を落とし、マールは最初から本題へ入ることに話を方向修正する。


「ええ~と、それで早速なんだけど、エリック、君に頼みたいことを説明するね。

 君には、この鉱山から繋がる、上の魔王城に忍び込んで欲しいんだ」

「魔王城に? でも、こんな外れた場所にある鉱山と城が繋がっているんですか?」

「うん、それは間違いないよ。魔王城の正門を除けば、この鉱山は唯一城内に繋がっているルートらしいから。

 ねえ、君は不思議に思った事はないかな? 鉱山って呼ばれてるのに、掘った石は全部捨ててること」


 それは確かに、この二ヶ月間エリックが疑問に思っていた事だった。


「鉱山って言う呼び方はね、実は昔の名残らしいんだ。前は本当に鉱石も採れていたらしいんだけど、いつからか対侵入者用の迷宮を作り上げることに目的が変わった、らしい。まあ全部、ボク達の先輩達が遺してくれた情報なんだけどさ」


 マールの説明に、エリックは成る程と考える。採掘で網の目のように広がった坑道は迷宮にするにはうってつけだ。しかも、今はエリック達素人が好き勝手に掘っているため、どこで落盤、崩落が起こるか分からないそれらは、きっとトラップとしての役目もあるのだろう。この二ヶ月の間に突然崩落した天井に巻き込まれ、潰れた間抜けな魔物もいたのだ。


「魔王城と繋がっている事は信じます。それで、どうして僕に頼むんですか? 『タスク』を持たない、僕に」

「そう……だね、順を追って説明するよ。

 ボク達は今、魔王軍に囚われているけど、あいつらがどうやってボク達を監視しているか分かる?

 ……うん、巡回している魔物もそうなんだけどね、その他にも、どうもボク等の『タスク』を感知しているみたいなんだ。

 特に、場所の移動については、ね」

「成る程、つまり」

「うん。ボク達では城に忍び込もうとすると気付かれてしまうけど、君なら気付かれない。

 だから、エリック、君にお願いしたいんだ」

「ちっ、本当ならてめぇの様な亜人野郎に頼るなんて御免こうむる所なんだがな」


 エリックは思わず顔をしかめる。マールと話す間は単に無視すれば良いだけであったが、こうも露骨に横槍を入れられるとそうもいかない。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるガイ達を睨んでいると、マールの鋭い声が飛んだ。


「ガイっ!」

「へいへい」


 大仰に肩を竦めてみせる姿が更に神経を逆撫でする。注意を引き戻すためか、マールは咳を一つ払ってから続けた。


「ごめん。それで、えと、ボク達は、ここから逃げ出すためにちょっとずつ、ちょっとずつ準備を重ねてきたんだ。

 出される食事を魔法で保存食に変えたり、偶に配られる服を上手くやりくりして、食料を運ぶための袋を作ったり。

 でも一つだけ、どうしても手に入らないものがあるんだ」


 この場の空気に、エリックもいい加減限界を迎えつつあった。それでも、一応は最後まで聞いてやろうと、反比例して声がすぼんできているマールに無言で先を促す。


「水だよ。正確には、水を持ち運ぶための袋がどうしても手に入らないんだ。エリック、君も来る時に見ただろ、あの荒野を。

 あそこを抜けるには、どう考えても水がいるんだ。だから……」

「それを城に忍び込んで、盗んで来い、と」

「……うん。ごめん、こんな危険なこと、本当は頼むべきじゃないことはわかってるのだけど。

 協力してくれるなら、ボク達が準備した食料や脱出ルートを君にも提供するから」

「ま、期待してねえから、適当にやれや。亜人にゃ過ぎた仕事だろ?」

「だろうね」


 エリックはそれだけ返すと、席を立って踵を返す。これに慌てたのがマールだ。薄笑いを浮かべて見送るガイをきつい視線で睨むと、慌てて階段へ向かう背中を追った。


「ま、待って!」


 追い縋ってきたマールにエリックは振り返りもせず、そっけなく答える。


「……協力は、してやるよ。だから、お前も約束を忘れるな」

「ありがとう……。

 エリック、その、ごめん、ね。ガイも普段はあんなんじゃないんだけど」

「…………」

「みんな、きっと怖いだけなんだ。その、『タスク』を持たない人と関わっていると、その人まで『タスク』を失くしてしまうって噂があるから」


 遠慮がちに零すマールの釈明にエリックは一つだけ理解する。妙に誰もエリックに近づこうとしなかった理由だ。

 成る程、関わる事で自分までも『タスク』を失うかも知れないとなれば、極力距離を取ろうとするのも道理である。では、あのガイとか言う奴が頻りに言って来た「亜人」、というのは何だったのか。『タスク』を持たなければ人間ですら無いということなのか。

 改めて思い出すにつれて沸き起こる苛立ちと、そして納得に、諦めなど様々な考えと思いが脳を駆け巡り、


「あんたは怖くないのか?」


 気付けば、ほぼ反射的にそう口を付いて出ていた。


「それは、その、ボクは……」


 鋭く尖った声音に、マールは俯いて言葉を濁す。そのトゲは同時にエリックの胸をも苛んだ。そう、分かっているのだ。さっきのは、ただの八つ当たりなのだと。

 暫しどちらからとも声を掛けづらい間が続いた後に、エリックはポツリと謝罪を口にした。


「ごめん、さっきのは意地悪な質問だった」

「ううん、良いんだ。悪いのはきっとボク達だから」


 再び落ちる沈黙。しかし、今度はそう長くは続かなかった。


「……本当はね、ボクが君に協力を求めた一番の理由は他にあるんだ」

「他に?」

「君、あの子の事ずっと面倒見てあげてるでしょ?

 こんな所で他の誰かを気に掛けて面倒を見てあげるなんてなかなか出来る事じゃない。君は、すごいよ」

「それは……っ」


 思わぬ言葉にエリックは声を詰まらせてしまい、代わりに滲んだ眦を乱暴に拭った。


「タスクがあるとか無いとか関係なく、君は信頼できるってボクは思ったんだ。

 だから、君に色々明かした上で頼んだんだよ」

「…………うん」

「ね、だからさ、その、さっきは協力、って言ったけど、正式にボク達の仲間になる気は無い?」

「それは……いや、やめとく。あなたは兎も角、他の奴らは信用できないから。

 もし仲間になって一緒に行動してたら、いつか囮として魔物の餌にされそうだし」


 薄暗く狭い階段を登りきり、元居た広間に踏み入れる。


「そっか。そうだよね。さっきのガイ達の態度じゃ、無理ないよね。

 でも、ボクは出来るだけ力になりたいと思っているから、だから何かあったらいつでも相談してね」

「…………ありがとう」

「ふふっ! やっぱりアナタは良い子だね」


 小さく返された礼にマールは嬉しそうに笑い、エリックは居心地悪く顔を背ける。そんな所へ、明るく元気な声が響いた。


「お、帰ってきた! お帰り、マールお姉様! もう良いの?」


 声の主は少女の様子を代わりに見てくれていた双子の片割れ、フレデリカだった。もう一人は何やら奥の方で腕を組んで満足気に頷いている。あの少女の姿は、その陰に隠れてよく見えない。


「うん、一先ずはね。……ところで、二人は一体何をしているの?」


 明らかに聞いて欲しそうな様子を顔に浮かべるフレデリカにマールは苦笑を浮かべて問いかける。


「ふふふふ、良くぞ聞いて下さいましたわ!」


 ニヤリ、と笑みを浮かべ、フレデリカが一回、二回と華麗なターンを決めながら双子の妹ローゼリッテの横にポーズを決めて並び立つ。


「「っじゃ~~~~ん!」」


 大げさな身振りで双子が左右に分かれる。


「わぁ、可愛い!」


 マールが簡単の声を上げ、エリックは驚きに目を丸くする。双子の陰から現れたのはあの少女であったが、まるで別人のようであった。奴隷生活の埃と垢に塗れ、くすんでしまっていた全身がすっかりと洗い清められ、方々に伸びて絡まっていた白亜麻色の髪も今はサラリと揺れている。

 出会った時には既に多量の血で斑に汚れていた衣服は本来の色を取り戻し、袖口のほつれた箇所は可愛らしく修繕されていた。

 変わらないのは虚ろな空色の瞳。しかしその瞳も、取り戻された少女本来の輝きの中に見ると随分と違うようにエリックには見えた。


「どう? どう? どう? 見違えたでしょ? 可愛いでしょ?」

「まったく、お化粧道具が無い事をこんなに残念に思ったことは過去ありませんでしたわ!

 ですが、ワタクシ達はやりました。やり遂げましたわ!

 制約のある中での工夫というのも、中々燃えるものでしたわ!」

「本当に、短時間で良くここまで出来たわね。むっ、この編込みも随分と丁寧ね!」


 双子は達成感に満ちた表情でそれぞれ固く拳を握り、マールは唸り声を上げる。


「それでそれで、フレデリカちゃんとしては、君の意見をぜひぜひ聞いてみたいんだけど。ね! ね! ね!」

「その……うん」


 グイグイ迫るフレデリカに押し負けて、エリックは困ったように顔を背ける。背けたのだが、視線だけはチラチラと少女を追ってしまう。

 その様を見過ごす双子では当然無く、


「あらあら!」

「まあまあ!」


 掌を口元に当ててなんとも楽しげに笑い合った。

 居たたまれなくて遂には背中を向けてしまうエリックに、それを微笑ましく見るマール。一方双子は、なんとも息の合った動きで双子は片手を高々と振り上げる。



 そして地の底の薄暗い部屋の一角で、掌を打ち合わせる音が高らかに鳴った。

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