第22話 諦めない者達
奴隷生活が始まって、早くもニヶ月が過ぎようとしていた。この間エリックは坑道の掘削の傍ら、ここからの脱出方法を模索を続けていた。一先ず水のアテは確保出来た。坑道の一区画に水没してしまっている場所があったのだ。あとは持ち運び用の容器さえ確保できれば、水はどうにでもなる。脱出のルートにも使えそう案が思い浮かんでいた。
残す問題は、食料をどうするか、という点だ。これは一向に解決手段が見つからなかった。食事は昼と夜に出されるが、それらは日持ちするようなものではない。夜に出される肉を干し肉に出来れば良いのだが、煮込んだ肉をただ乾かせば干し肉になると思う程、エリックは考えなしでは無かった。そもそも肉を干しておく場所等あるはずがない。大部屋でそんな事をしていれば、誰かが勝手に取って食ってしまうだろう。
少女の様子が相変わらずのままなのも、エリックの悩みの一つだった。しかし、ここ最近、語りかけた時に一瞬だけだが少女の視点が自分に合うことが増えてきた。確実に回復してきているのだと考えて、これからも地道に見守るしか無いのだろう。どちらにせよ、脱出の準備が整うのにはまだ時間がかかるのだから。
そんなある日、いつものように夕食を終えた時の事だった。
「やあ、ちょっと良いかな?」
声を掛けられてエリックが顔を上げると、少し頬を染めた様子のマールが遠慮がちな様子でエリック達を覗き込んでいた。
「ええ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
自分に誰かが話しかけてくるなんて珍しいこともあるものだ、とエリックが小首を傾げて応えると、なぜだかマールは物凄いジト目でエリックの事を睨みつけてきた。
「あの、何か?」
たまらず、エリックが重ねて問いかけると、今度は盛大に溜め息をつかれた。
「君、さ。なんでそんなに平然としている訳?」
「何のことですか?」
「いや、もう、良いよ。うん」
マールは半眼でエリックに答えた後、肩を落としたまま小さく付け加える。
「まったく、君たちに話しかけるのに、どれだけボクが勇気と気を使ったと思っているんだ」
もちろんその声はエリックに届くことはなく、マールのよく分からない様子にエリックは再度首を傾げた。
「うおっほん! ええ~と、それでだけどね、ちょっと君に内密な話があるんだ
ちょっとだけ、私に付いてきてくれないかい?」
「それは、良いですけど……」
エリックは横に座る少女に視線を流す。エリックが言いたい事が伝わったのか、マールは大丈夫、と頷く。
「君が離れている間は代わりのものがその娘の面倒を見てくれるから、安心してちょうだい」
「どうも~! マールお姉さまの一の妹分、フレデリカちゃんだよ!」
「ちょっと、姉様、勝手を言わないで下さいまし。一番はこの私、ローゼリッテですわよ!
あ、ちゃんとお話しするのは初めましてですわね。お噂は、それはもう色々と楽しませて頂いておりますわ!」
マールの背中から勢いよく左右に飛び出してきた同じ顔に、エリックは目を白黒させる。年はマールよりも少し幼い位だろうか、顔の作りも目の色も、髪の色も同じ双子の姉妹。高い所で括ってサイドポニーにしている髪型だけが左右に違う。
「ねね、君にどうしても聞きたかった一つ事があるんだけど、良いかな? 良いよね?」
「う、うん、何ですか?」
ずい、と顔を近づけて聞いてくるフレデリカ。エリックは気圧されるままに頷く。
「私達があなたに聞きたいのは、そちらにいらっしゃるお嬢さんの事ですわ。
一体あなたとはどのようなご関係ですの? その娘のお名前は?」
フレデリカのように顔を近づけてくる事はしないが、爛々と目を光らせてローゼリッテが続ける。それは獲物を狙う獣の如き眼光をしていた。
よく分からない冷や汗を背中にかきながら、エリックは考える。自分とこの少女の関係とは、なんなのだろうか、と。少女とはあの籠の中で偶然出会って、そのまま世話を続けてきただけである。今では大切な存在になっているものの、恋人、と勝手に言う訳にもいかない。そもそも、未だに少女の名前も知らないのだから。
エリックがそういった事をやや詰まりながら二人に話してみれば、双子はマールの背後に再び隠れてキャーキャーと内緒話を始めてしまった。
唖然としていると、マールがなんとも申し訳無さそうに頬を掻きながら軽く頭を下げた。
「ええっと、何と言うか、ごめんね。
あんな騒がしい二人だけど根は良い子達だから。本当に。
だから、その娘の事は安心して任せて欲しいかな」
それから、こほんと咳を一つ払って、マールは表情を改める。
「二人の勢いで順番がおかしくなっちゃったけれども、改めて。
もしかしたら最初の挨拶の事を覚えてくれているかも知れないけれど、私はマール。
ここのみんなの纏め役を主にしている。
君の名前を教えてもらっても良いかい」
そう言って差し出された手を握りながらエリックは答える。
「僕はエリックです。よろしくお願いします」
「エリックだね。よろしく」
握手した手を離し、マールは身を屈めてエリックに問いかけた。
「それから、一つ確認したいのだけれど、その、君が『タスク』を持っていないというのは、本当かい?」
「……事実です」
「そっか。ありがとう。嫌なことを聞いてしまって、ごめんね」
「いえ……もう、慣れましたから。それで、内密の話というのは?」
「うん、ここでは話し辛いから、ちょっと着いてきて。君にしか頼めない事があるんだ」
「僕にしか頼めない?」
エリックは首を傾げて、マールに言われるまま立ち上がる。
「それじゃ、その娘の事よろしくね。フレデリカ、ローゼリッテ」
「ばっちり、任せて!」
「完璧に仕上げてみせますわ!」
何とも楽しげな様子で請け負った双子を残して、マールとエリックは大部屋の一角へと向かう。そこは巨大な岩が鎮座している場所で、驚いたことに、その裏には小さな降り階段が隠されていた。
「こっちだよ。足元気を付けてね、エリック」
慣れた様子で降りていくマールに続いて、岩盤を削ったらしき階段を一歩一歩進む。頭をぶつけないよう気を付けながらしばらくすると、魔法の明かりに照らされた小部屋に抜けた。部屋の広さの違いのお陰か、上よりもずっと明るい。
その部屋の奥には何かの荷物が積まれ、その周囲に何人かの人影が見える。
「ここは……?」
驚くままに辺りをキョトキョトと伺うエリックに、前を歩いていたマールが振り返る。腰に手を当ててエヘンと胸を張った。
「ようこそ、エリック。ここは諦めない者達の秘密基地だ」
「諦めない者達? それって、もしかして……」
「おい、マール。本当にそんな奴を仲間に引き入れるのかよ。『タスク』を持たない亜人なんだろ、そいつ」
エリックが問いかけるのを遮って、刺々しい男の声が響く。声の主は奥の木箱に腰掛けていた短髪の男だ。この男もエリックより年嵩、十五、六歳程に見える。
「ガイ、そんな言い方しちゃ駄目だよ。それに、彼にしか頼めない事だ、って何度も話し合ったじゃないか」
「ふん」
嗜めるマールの言葉に、ガイと呼ばれた短髪の男が不機嫌そうに顔を背ける。マールは小さく溜め息をついて、それからエリックに頭を下げた。
「いきなり不快な思いをさせてしまって、ごめん。でも、どうかボク達に君の力を貸して欲しいんだ。
代わりにボク達は君に力を貸すから。
エリック、君も諦めていないんだろう? だから、ボク達は協力しあえると思うんだ」
「つまりあなた達も、ここから脱出しようとしている?」
「そ。だから『諦めない者達』って、ボク達は名乗っているんだ」
そう言って、マールはニッコリと笑った。
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