第11話 思考
「はぁ…………」
祭への参加を早々に切り上げて家に帰ったエリックはどっかと椅子に腰を降ろした。何と称すれば良いのか、酷く疲れた気分だった。
疲れの原因には、大人達にしこたま叱られたりとか、村で久し振りに成人した二人ばかりが構われていて、完全に蚊帳の外におかれてしまった祭が退屈だったとか色々あるが、一番はやはり今日のアリー、クーンの一件だ。
あれからアリーとクーンに色々と話してみたのだが、結局クーンの「ああ、それってレベル上げの事?」という一言に落ち着いてしまった。
どうやら楽園の力にはレベルという概念があるらしい。聞いた内容から類推するに、恐らく技能の習熟度合いや身体能力を段階的に数字で評価する、剣道等の段位のようなものなのだろう。ただし決定的に違うのは、個人の能力に応じてレベルが上がる訳ではなく、レベルに応じて個人に能力が付与されるらしい事だ。
その点から考えるならば、素直に前世のRPGに代表されるゲーム内でキャラクターの強さの表現に使われるそれと同じ物と考えてしまって良いのかもしれない。
因みに『レベル上げ』と言うのは何をするのかと言うと、ひたすら沢山の魔物を倒しまくる事らしい。魔物を倒すだけで何故レベルが上がるのかは、いくら聞いてみても結局分からなかったが。
エリックは首から下げていた水晶の小瓶を机に置き、だらしなく突っ伏した。小瓶に詰まった泉の光に照らされて、部屋が薄い緑に染まる。
(レベル……レベルね…………。
アリー達の話では、個人差はあるけど何もしなくても年を取れば勝手に上がるものらしいし、しかも『レベル上げ』をしても簡単には上がらないっていうんじゃ……、そりゃ努力って言葉、廃れるよね)
思い起こされるのは、今日の昼のアリーとクーンの一騎打ちの様子。
(単にタスクを得ただけでアリー達があんなに変わるんだもの。きっとレベルが一つ上がるだけで、またかなり変わるんだろうなぁ)
生まれつき与えられるタスクといい、レベルの概念といい、魔物を倒せばそのレベルが上がる事といい、なんともゲーム染みたこの世界の理に、エリックの胸の中でこれまで考えないようにしていた違和感が急速に形作っていく。いや、そもそも本当にそれはこの世界の『法則』なのか?
(いくら地球と違う魔法のある世界だと言っても、ここは現実だ。ゲームの中じゃない。
そんな馬鹿げた事が普通に存在するなんて……。
それに――――)
エリックに強烈な違和感を
『レベル上げ』の事について一人頭を捻っていたエリックの前を歩く二人が、何やら中空を指差しながら楽しげに話していたのだ。エリックが何を話しているのか問うと、互いのステータスを見せあっているのだ、と言う答えが帰ってきた。
エリックには何も見えないその空間に、二人それぞれの筋力や素早さ、生命力等の数値が列挙されている何かが浮いているのだという。
それを聞いた時のエリックが受けた衝撃は筆舌に尽くし難い。
(ステータスかぁ……小説なんかでよくあるみたいに、これがこの世界の法則として当たり前の事だとしたって、じゃあその数値は何を基準に決められているんだって話だよなぁ)
エリックは机に突っ伏したまま次々に浮かぶ疑問と疑念をぶつけるようにコロン、コロンと小瓶を弄ぶ。角度を変える度に小瓶がキラキラと煌めき、部屋に映る光が形を変える。
(いっそ本当にゲームみたいに、そう言った諸々を管理するシステムみたいなものでもあった方がまだ納得できる気がするよ)
ぼんやりと考える内に弄っていた小瓶が手の中から滑り抜け机の端にコトリと転がってしまう。わざわざ席を立って手繰るのも面倒であるので、エリックは小瓶をそのままに腕に顎を乗せてぼう、と眺める。
(ん……? いや、待てよ?)
ある事に思い至り、エリックは顔を上げる。その勢いに座っている粗末な椅子がガタリと音を鳴らした。
(思い出せ、思い出すんだ。
エリックは思い起こす。それは神崎 望としての最後の記憶、あの闇の中の邂逅。
そこで楽園の神を自称した奴は確かに言っていたのだ、この世界を管理している、と。
世界を管理する。なるほど、もっともらしいその一言だけで納得してしまいそうになる。
しかしエリックは知っている。その管理をするためには何かしらの仕組みが居る事を。
例えば室温を管理するならエアコンが居る。パソコンやスマホが思った通りに動くのもOSが管理しているから。学校内の規律を管理する場合は校則だ。
では翻って、この世界ではどうか。神様の持つ全知全能の力で常に場当たり的に対応しているのだろうか?
違う。それは無いと言い切れるだろう。何故なら、そうやって常に対応できるのならば、そもそも外乱と称して神崎 望をこの世界に転生させる必要など無いはずだ。
これまでエリックは村の大人達の話を聞いて『楽園の力』が祖先から連綿と受け継いできた力なのだと無邪気に信じていた。が、もしそうでなく、この世界には
エリックは自分の想像にぞくりと身を震わせる。
エリックがこの世界に生まれた当初、エリックは常に周囲を警戒し、気を張っていた。それは不運な出来事に対する備えの意味もあったが、一番はあの
しかしそんなエリックを嘲笑うかのように何も起こらなかったし、
(もし……、もし、だ。僕が生まれた時に付与されているタスクに何か仕掛けがあるとしたら、どうだ? アイツが僕を転生させた時点で仕込みは終わり。後は唯、眺めているだけで良い。それなら、アイツが僕に何もしてこなかった事も説明がつくんじゃないのか?)
気配がしなかったのではない、初めからずっとそこに居たのだとしたら気付きようが無い。正しく空気のような物だ。
誰もが持つ楽園の力の中枢に
エリックの背を冷たい汗が一筋、伝う。
(不味い! 不味いぞ! 平和ボケしている場合じゃなかったんだ!
アイツが僕に課しただろう
アイツは、僕がこの世界の『外乱』になる事を望んでいた! 魔物や魔王がいるこんな世界で、態々だ!
じゃあ、
脳裏に浮かぶのは今世の優しい両親の顔と、そして幼馴染みのアリーとクーン。
薄暗がりの部屋で一人、エリックは彼等を想い汗ばむ両手を堅く握り合わせた。
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