第10話 アリー VS クーン
エリックが長老の家に着くのと玄関先にアリー達が出てくるのは丁度同じであった。
「おっ、エリック! わりいな、待たせたか? ちゃんと持ってきたか?」
開口一番、アリーがやや早口に言葉を並べる。満面の笑みに上気した頬。今日のアリーはいつにも増してご機嫌だ。
「ううん、大丈夫。待ってないよ。
さっき迄『勇者と魔王』指してたから」
「え、もしかして、長老方と? 大丈夫だった?」
「うん、バッチリ勝ってきたよ!」
「そっか、それなら良いんだ」
「?」
何か噛み合ってない感じにエリックが首を傾げると、バシバシと無遠慮にアリーが肩を叩いてきた。
「なあ、なあ、それより聞いてくれよ、エリック! すげえんだぜ、俺達!」
「凄いって、一体どうしたのさ?」
すっかり興奮したアリーにエリックが尋ねてみるも、早口に流石俺達、だとか凄いだろう、とか今一要領を得ない。
成人の儀式を終えても、アリーはやっぱりアリーである。助けを求めてクーンを見やると、彼も困った様に笑った。
「あははは、まあ、凄いと言うより珍しいって言った方が合ってると思うんだけど。
僕達のタスク、二人とも両親とは違ってたんだ」
「普通は父ちゃん母ちゃんのどちらかを引き継ぐのにな。聞いて驚け、俺が『鍛冶士』でクーンが『剣士』だ!
どっちも今、村に一人も居ないタスクなんだぜ!」
「ふーん?」
「何だよ! 反応薄いな!」
「だって……」
親と違うタスクを得たのはきっと珍しい事なのだろう。それに村にいない種類となると尚更かもしれない。
とはいえ、前世の現代日本の記憶があるエリックにとって、親と違う職業に就く事は然程特別な事には思えなかった。それに、村にいないだけで『鍛冶士』も『剣士』もきっと世の中にはありふれていることだろう。
エリックは内心そう思っていたのだが、
「いいか、よく考えてみろ、エリック! 俺が『鍛冶士』で、クーンが『剣士』だぞ! 俺が剣を打って、クーンが斬る! そうしていつか勇者様に追いつく!」
「あ……!」
それで漸くエリックは興奮の理由を解した。今でも夢見ているのだ、あの老勇者と再び肩を並べる事を、アリーは。
きっと彼女が思い描いているのは、クーンが剣士としてあの老勇者と共に戦い、自分は鍛冶士としてクーンの装備品を手入れする、そんな未来像なのだろう。
「そして必ず、俺が勇者様の剣を打つんだ!」
(もう一歩先だった!)
拳を硬く握りしめて瞳を輝かせるアリーに、クーンも同じ事を思ったのだろう。何も言わずとも目が合ってしまう。
「と、言う訳で、だ! 早速試してみようぜ! クーン! エリック!」
アリーは顔を見合せるエリックとクーンの肩をがっちり掴み、とても良い笑顔でそう言った。
「ねえ、アリー。本当にやるの?」
「当たり前! お前だってどんなもんか気になるだろ?」
「うん……まあ、そうかもだけど。一対一なんて、きっと勝負にならないと思うよ? 魔法はどうするの?」
「無しで」
アリーとクーンが、木切れを持ってエリックから少し離れた所で互いに距離を取る。ここは村から少し離れた丘の上。いつも剣術ごっこしている場所だ。
結局アリーの勢いに流されて三人でここへ来てしまった。今日の祭の一番の主役が何をやっているのか、と思わなくもない。
「遅くなった事、絶対に後で叱られるよなぁ」
互いに背中を向けて距離を取る二人を眺めながらエリックは小さくぼやく。
いつもアリーに対してはクーンと二人係りで挑んでいるのだが、今日は正々堂々一対一の決闘だ。エリックは見届け役である。
十分に距離を取った所で二人が木切れを構えた。
アリーはいつも通り自信満々といった風情で木切れを両手で。
クーンはいつもと違って右手一本で構えている。その構えは、『
これから起こる事を見逃さないように、エリックも身を乗り出す。やはり気になるのだ。タスクを得た事で二人がどのように変わったのか。
陽が傾き、夜の先触れの乾いた風が吹き抜ける。
エリックは場に満ちる緊張感に人知れずゴクリと唾を飲んだ。
ジリ、ジリ、と二人の間の距離が詰まる。
そして――――。
ダンッ! という大きな踏み込みの音とともに二人が動く。
踏み込みの衝撃に丘の草原が葉を散った。
息飲む間もなく二人の距離が縮まる。
アリーが振りかぶり、渾身の力でもって打ち下ろす。
対するクーンが掬い上げる軌道で迎え撃つ。
二人が交差し、甲高い音が辺りに響いた。
何かが回転しながら空を切っていく。
ザクリ、と何かが地面に突き立つ音に振り返れば、それはアリーの持っていた木切れだった。
「え……。 え? え!?」
エリックは余りに一瞬の出来事に目を回していた。今、目の前で起こった全てが信じられなかった。
そこにいるのは、本当にアリーなのだろうか? クーンなのだろうか? 思わずそう思ってしまう程に二人の動きは違っていた。
特にクーンは、あのややふっくらした体型は昨日と何も変わらないのに、今日の動きはまさしく別人だった。それも、アリーの動きが霞んで見える程の。
しかし決して幻ではない。それが証拠にアリーが踏み込んだ箇所を中心に亀裂が走り、陥没してしまっている。
一方クーンの方は、振るった木切れの軌跡をなぞる様に丘が切り裂かれていた。
(これが……これが、楽園の力?)
エリックはペタリとその場に尻餅を着く。視線の先では、アリーとクーンが本当に軽い運動をこなした後の様子で何か話している。少なくともそこに、エリックが感じたような驚きは二人に見られない。
その二人の会話が、風に乗って聞こえてきた。
「いやぁ、参った。やっぱ『鍛冶士』じゃ『剣士』にゃ勝てねーか」
「あはは。まあ、当然かな?」
「ま、子どものごっこ遊びの延長じゃ、やっぱこんなモンか。
うっし、明日から剣を打ちまくるぞ! 早い所お前に良い剣を持たせてやりたいからな、クーン」
「やった! 楽しみにしてるからね、アリー!
やっぱり『鍛冶士』が打ってくれた剣じゃないと上手く力が出せないみたいだからさ――――」
そう言って笑い合うアリーとクーンに、エリックはふらりと近付く。
「それで……本当に、良いの、アリー?」
そして気がつくと、エリックはそう呟いていた。
「良いって、何が?」
「だって、アリーは、あんなに剣術の練習してたじゃないか。
あんなに……、あんなに努力してたのにっ!」
エリックは知っていた。アリーが毎晩、こっそりと老勇者から教わった剣術の練習をしていたのを。毎晩練習していたからこそ、クーンと二人掛かりでも敵わなかったのだ。
なのに今日タスクを得た、ただそれだけで簡単にひっくり返されたのだ。だというのに、アリーには悔しがる様子が一切無い。
エリックはそれがとても信じられなかった。
「え? いや、良いも何も。俺は『鍛冶士』で、クーンは『剣士』なんだから当たり前じゃん。ごっこ遊びがタスクに敵うかよ。
何言ってんだ、エリック?」
キョトンと狐に摘まれた様な顔でアリーが応える。
その余りの呆気なさに二の句を告げないで居ると、今度は先程からしきりに頭を捻っていたクーンがエリックに問うた。
「ねえ、エリック。初めて聞いた言葉だったからエリックが何を言いたいのか、僕にもよく分かんなかったんだけどさ」
「『ドリョク』って、何?」
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