第8話 楽園の力

 秋の高空に木を打ち合う音が響く。腕程の長さの木切れを手に二人の少年と一人の少女が村の外れで剣術ごっこに興じていた。

 一人は赤髪のアリー。三人組のリーダー格で、二人を一度に相手取って木切れを振るう。髪は活動しやすいよう短めに揃えられているが、ここ一年程でその体は丸みを帯び、急に年相応の女の子らしくなってきていた。……外見だけは。

 一人は焦げ茶色の髪をしたクーン。相変わらずややふっくらした頬を髪と一緒に揺らしながら、ややのんびりと腕を振る。運動は相変わらず苦手なままだ。

 そして小麦色の髪をしたエリック。二人より年下とあって小柄な体を活かし、クーンの陰から右に左に飛び出してアリーに奇襲じみた攻撃を仕掛ける。前世の頃に比べたらすっかり鈍ってしまったが、それでも鍛えに鍛えられた勘は、こういう遊びでこそ真価を発揮するのだ。


「う……ぬぬぬぬ!? これは、厄介だけ、ど…………ってや!!」

「あっ!?」


 一際甲高い音が響き、クーンの木切れが天高く舞う。その隙を狙うエリックの刃がアリーに迫る。が、素早く切り返したアリーの目にも止まらぬ鋭い一撃に途中で叩き落とされてしまった。


「ふっふっふっふ、また勝ってしまった」

「ちぇ~! 今度はイケると思ったのに」

「手、じんじんする……」


 アリーはニヤリと笑った後バタリと仰向けに倒れ、ぜーはーと息をする。エリックとクーンもアリーに倣ってその場に仰向けになった。

 高い空を数羽の小鳥達がチチチと行く。


「あ~あ、結局アリーには三年間ほとんど勝てなかったなぁ。

 折角勇者様に教えて貰ったのに」

「何言ってんだよ。俺だって一緒に教わったんだから、俺が勝つのは当たり前じゃん」

「当たり前かなぁ。アリー、あんまり真面目にやってなかったじゃん」


 不満げなクーンの声に、そうだったけ、とアリーがカラカラと笑う。

 あの泉への冒険から、もう三年が経っていた。

 無事に村へ帰り着いたエリック達は一頻り泣いた後、村の大人達からギッチリと絞られた。思い返して見れば、一日であんなにも叱られた日は恐らく後にも先にもあるまい。

 そしてこれは後から分かった事だが、あの老勇者は村へは立ち寄らずにそのまま何処かへと旅立ったらしかった。

 大人達に尋問されたエリック達は森で老勇者に助けられてからの一連を話したのだが、夢か幻でも見たのではないか、と笑ってあしらわれてしまった。と言うのも、あの夜の前後で村に立ち寄った旅人は誰も居なかったと言うのだ。エリック達の村はかなりの辺境にあり、隣村もかなりの距離がある。折角近くに村があるのに、そこへ立ち寄らず態々野宿を選ぶような変人などいるはずが無い、というのが大人達の総意だった。エリック達が証拠として老勇者からの『報酬』を見せると、流石に誰かに助けられた、という事だけは認めたのだが。



 結局、村では野宿が大好きな変人の冒険者、という事で認識され、今では話題に上がることもない。

 とは言え、エリック達もその事は余り気にしていない。正確に言えば、アリー等は顔を髪と同じに真っ赤に染めて不機嫌たっぷりにしていたが、それも少しのことだった。

 何故なら、あの日の出来事は徐々に三人の秘密の冒険譚として扱われるようになっていったからだ。三人は集まって遊ぶ度に、その手の内にある証と、ここには無い証について語り合い、そしてあの日の思い出の続きを楽しむように、老勇者に教えてもらった色々な事を繰り返して遊ぶのだった。剣術ごっこに興じるのも、その一つだ。


「勇者様、今はどうしてるのかなぁ?」


 アリーが寝っ転がったまま、胸元から紐が結わえられた何かを引っ張り出して空にかざした。日の光を浴びて煌めくのは、あの泉の水を詰めた水晶の小瓶。大切なの三人の証の一つだ。三年経った今でも輝きの曇らないそれは、三人の何よりの宝物で、みんな同じようにして水晶の小瓶をいつも持ち歩いていた。


「また会えねえかなぁ」

「そうだね。それに名前の樹も、いつか見に行きたいね」

「勇者様がまた来てれれば行けるんだけどなぁ」

「それに、マントも返さないとだし」

「まさかあのまま行っちまうなんて思わなかったもんな」


 あの日の証は三つあった。一つが泉の水を入れた水晶の小瓶。名前を刻んだ泉の側の大樹。そして、アリーが借りたまま返しそびれてしまった灰色の外套マント。老勇者のマントはアリーの家で今も大切に仕舞ってある。



 そんなやり取りをするアリーとクーンを眺めていて、そういえば、と思い出してエリックは体を起こした。


「ねえ、アリー、クーン」

「ん?」「なに?」

「そう言えば、どうして今日で剣術ごっこ終わりなの?

 明日は村の祭りで忙しいかもしれないけど、一緒に遊ぶ時間はこれからもあるんじゃないの?」


 エリックの疑問にアリーが呆れた声を返す。


「なんでって、お前、そんな当たり前のこと……」

「当たり前……?」

「あ~……、ほら、アリー、エリックは……」


 クーンが何か言い辛そうに声を掛けると、アリーがムクリと体を起こした。


「そっか、忘れてたや。エリックは俺らより下だからまだ聞いてないのかも知んねーしな」


 体を起こしたアリーがエリックに向き直る。クーンも起き上がって座り直した。


「明日の秋祭りで俺達十二になるだろ? そうしたら俺達は大人の仲間入り、仕事の見習いを始めなきゃならねーんだ。

 遊ぶ時間はあるか、正直分からん」

「でも、村の大人達はいつもお昼までしか働いてないじゃないか」


 そうなのだ。エリックの父がいつも日暮れまで働いているから最近まで気付かなかったのだが、この世界は仕事はお昼まで、というのが普通らしいのだ。

 エリックの指摘に、アリーが一瞬言葉に詰まる。


「それは……そうなんだけどな。んでも、村で見習いは俺達だけだから昼までで終われるか分からん」

「それに、大人の仲間入りって事は、僕達もとうとう役割タスクを得る事になるからね~。

 タスクを得た僕達とタスクの無いエリックじゃ、きっと相手にならないと思うよ。

 何と言っても、ご先祖様からずっと受け継いで来た楽園の力なんだもん」


 のんびりと、当たり前の事のように話すクーンに、エリックは肩を落とす。


「……そっか。そんなに違うんだ」



 役割タスク。母の寝物語で何度も聞いた楽園の力。この世界の誰もが生まれつき持っている魔法の源。

 その名の通り、その『役割』に相応しい能力が各人に授けられる。

 エリックが魔法に興味を示す度に母が言っていた十二歳まで待て、と言うのは、つまるところ秋の祭りで行われる成人の儀でタスクを得るのを待て、という意味だと知ったのも、最近のことだった。

 タスクには本当に色々なものがあるらしい。例えばエリックやクーンの両親なら耕作人、アリーの父親が狩人。他にも剣士や魔法使いといった戦い向きのものから村長や王様というものまであるそうだ。

 そして、かつて出会った老勇者も、恐らくは。

 当然、『役割タスク』というだけあって、それぞれには得意不得意がはっきりと別れている。その為、村では互いに出来ること出来ないことを補いながら日々の暮らしを営んでいる。

 初め、エリックがこの話しを聞いた時、なんとも妙な話しだと感じたものだった。まず何より『役割タスク』という呼び方が妙だ。しかもタスクに就くと、それに応じた力が使えるなんて、まるでゲームの設定のようである。果たして本当にそんな事が現実の世界で適用される馬鹿みたいな話しがあるのだろうか、と、どうしても違和感が拭えないのだ。

 しかし村の大人達の話し振りからも、何よりアリーやクーンの話し振りからも、それがこの世界の当たり前のことであるらしい。

 ついでに言うならば、昼まででなく夕方まで働けば、食卓に肉が上がる機会も増えるだろうに、というのがエリックの密かな不満であった。


「さって、と。そろそろ帰らないと、また父ちゃん達にどやされるな」


 エリックが考え事をしていると、アリーがそう言って勢い良く立ち上がった。日が少し傾き始めている。


「あはは、そうだね。僕も明日の準備もしなきゃだし。

 またね、エリック」

「またな」

「うん、また……」


 二人を見送り、エリックは大の字になってその場に寝転ぶ。勢い良く身体を投げたエリックに驚いたのか、季節終わりの蝶が風に乗って何処かへ飛んでいった。


「タスク……タスクかぁ…………」


 見上げる秋の空は前世のものと何もかもが似ていて、綺麗に晴れ渡ったそれはまるで世界の底が抜けているようにも感じられた。

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