第4話 老勇者と三人の悪童

「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます」

「うおおおっ! すっげぇ! 勇者様だ!」

「勇者様? え、本当? 本当に?」


 森の中に三様の子どもの騒ぎ声が響き渡る。エリックは頭を下げ、アリーは目の前の老勇者の周りをウロウロし、クーンはそんな二人の様子をキョトキョトと伺う。


「うむ。大事無いようで何よりだ。それで、坊主達はどうしてこのような所に居るのだ」

 そんな三人の様子に老勇者は微笑みながら再び問いかける。

「え、えっと、それは……」


 エリック達三人はバツが悪そうに互いの顔を見合わせて、森に入った経緯いきさつと森に入ってからの事を話した。

 アリーが夜中に不審な影が森に入るのを見たこと。三人でその影の正体を探ろうとなった事。そしてバッタリと裸狼に出くわしたこと。


「はっはっはっはっ! いや、参った! 騒ぎにならぬようこっそりと森に入ったはずが、よもや子どもにそれを見られていて、しかもそれに気づかなんだとはっ!

 儂もまだまだ修行が足らんようじゃな!」


 あらましを聞いた老勇者は、大笑いしてそう言った。


「うっはっはっはー! まさか、あの怪しい人影が勇者様だったなんてな!

 見に来て正解だったろ! な!」


 アリーが自慢げに胸を張り、



 ゴン! ゴン! ガン!



「「「痛った~~~~……っ」」」

「バカモン!!!! 大人たちの言いつけを破って自慢げにするやつが居るか!

 儂が偶々間に合ったから良かったものの、今頃魔物の腹の中に居ってもおかしくはなかったんじゃぞ!」


 老勇者はアリーと、ついでに残りの二人にも拳骨を落として叱りつける。先程助けられたのは、老勇者にとっても本当にギリギリのタイミングだったのだ。今回の事に味を占めて森に出入りするようになってしまては堪らない。


「そもそも、その影が魔物や野盗の類だったらどうするつもりだったんじゃ!」

「そ、そん時は、バレないように逃げるさ」



 ゴン! ゴン! ガン!



「「「痛った~~~~……っ」」」

「現に逃げられんかったじゃろうが!

 まったく。もう子どもだけで森に入らんと約束せい!」

「え~……でも……」

「うん? よく聞こえんかったのう? 約束、出来るよのう?」


 散々拳骨を落とされたにも関わらず、それでも渋ろうとするアリーに老勇者がニッコリと笑ってこれ見よがしに拳を握り込む。


「う゛……うん……。約束、する」

「……うぅ、どうして僕まで」


 アリーが老勇者の脅しに屈して渋々頷く。クーンはタンコブをさすりながらブツブツとつぶやき、エリックはやや呆れた目でその光景を眺めていた。頭がジンジンする。


「うむ、よろしい。

 さて、沢山走って腹が空いたじゃろう。ちと早いが昼飯でも食わんかね?」


 老勇者は満足げに大きく頷くと、そう言って片目を瞑った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 老勇者は森の少し開けた場所へ三人を連れると手早く火を熾し革の背負袋から幾つかの食材を取り出た。それを慣れた手つきで手早く切り分けると、水を張った鍋に放り込む。そこへ何かの香草や岩塩を削って加えられる頃には、辺りに良い匂いが漂い始めていた。


「勇者様はどうして、こんな所にいるんですか? 魔王と戦わなくても良いんですか?」


 そんな準備をぼーっと眺めながら、エリックはずっと気になっていたことを聞いた。エリックがこの世界に産まれて七年しか経っていないが、自分達の住む村がかなり辺鄙な所にあるだろうことは察していた。何せ旅人も行商人も半年に一度訪れるかどうか、なのだから。


「うん? ……そうじゃのう、ちょいと探しものがあっての」

「探しもの?」


 アリーとクーンも勇者がこんな所に居る理由が気になるのか、興味津々の様子で老勇者の事を見つめている。


「もの……と言うより、正確には場所じゃがのう。うむ、味付けはこんなものかな。

 ほれ、坊主ども、お上がんなさい」

「ありがとうございます!」


 老勇者が鍋の中を椀へよそい、エリック達に手渡す。


「やった! 肉だ、肉だぁ!」

「お肉……っ!」


 散々走って疲れた体に暖かいスープが染み渡る。老勇者の作ってくれたスープは味がきちんと調えられていて、とても美味しい。アリーとクーンは早くもお代わりしていた。


「勇者様が探してる場所って、どんな所なんですか?」

 エリックはスープをゆっくり味わいながら老勇者へ質問の続きをする。

「ふむ……、まあ、これも何かの縁じゃしの」


 老勇者は椀を下ろして、ひたとエリック達を見据える。場の雰囲気の変化にアリーとクーンの手も止まる。


「坊主達は白く輝く泉を見たり聞いたりした事はあるかのう。恐らく、この森の中にはあるじゃろうと踏んでいるんじゃが」

「「輝く泉……?」」


 心当たりが無くて、エリックとクーンは揃って首を傾げる。そんな中、アリーが一人だけ何かを思い出そうとウンウン唸っている。

 ややして、アリーがパッと顔を上げた。


「そうだ、思い出した! きっとそれ、父ちゃんが言ってた鏡の泉だ!」

「鏡の泉?」

「そう、父ちゃんが言ってたんだ! 森の中にポッカリ空いた穴があって、そこにキラキラした鏡を見たって! 近付いてみたら綺麗な泉だったって! だから、鏡の泉だ!」


 アリーはまたも自慢げに胸を張る。


「そっか、アリーのお父ちゃんって狩人だっけ」

「そそ! だから、森の話は父ちゃんからはよく聞くんだ。

 どうだい、勇者様? 探しものであってるか?」

「ふむ…………」


 記憶を探るように老勇者が遠くを見るようにして目を細める。


「そう、じゃな。可能性は高そうじゃ。それで、その泉はどの辺にあるんじゃ?」

「えっへっへ~~!」


 老勇者に問われたアリーが何やらニヤニヤしだすのをみて、エリックはひどい不安に襲われる。クーンも同じことを感じたのだろう、思わず目があってしまった。


「俺たちを一緒に連れてってくれるって言うなら教えてあげるぜ、勇者様!」


 アリーの言葉に、三つの深い溜め息が森に木霊したのは言うまでもない。



 その後、エリック達は老勇者の長々としたお説教と、絶対に側から勝手に離れないという約束を引き換えに同行を許可された。

 老勇者はアリーから鏡の泉の在り処について幾つか質問をすると、あっという間に場所の目星をつけてしまった。正直、どこをどうすればアリーのあの滅裂な話し方で場所が分かるのか、エリックには検討もつかなかった。

 これも勇者の力の一端なのだろうか、とついつい益体のないことを考えてしまうエリックなのであった。

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