第37話 運命って信じる?

 カランコロンという入店音に振り返ると田村とネリが並んで立っていた。

「シーナわるいね。こっちが時間指定したのに待たせちゃって」

 放課後、僕は一人で補習の準備をしている田村に声をかけた。話をしたいと持ちかけると、じゃあこないだのファミレスで、ということになったのだ。

「いやいや、そんな待ってないから気にしなくていいよ。ドリンクバーでいいかな?」

「ああ」

 注文ボタンを押してやってきた店員に田村は立ったまま自分の分のドリンクバーを注文した。先に待っていた僕の前には既にドリンクのグラスが置かれていた。田村は荷物を席に置くとサーバーへと歩いて行った。まだ夕食の時間帯には早いし、そこまで長居をするつもりもないからドリンクバーだけでも許されるだろう。

 田村はコーラをメロンソーダで割ったと思しき飲み物をグラスになみなみと持ってきた。田村も僕と同様、ネリも飲めるようにさりげなくグラスにストローを2本差し込んでいた。

 誘ったとはいえいざ田村を前にすると話をどう切り出すのが適切なのかが分からず、僕はツェラがオレンジジュースに喉を鳴らすのを聞きながら水の入ったグラスをやたら頻繁に口に運んではチビチビと唇を湿らせていた。

 話を切り出したのは田村であった。そして、それはいささか奇妙な話題の振り方でもあった。

「なあシーナ」

「なに?」

 そういえば僕ってそんな呼び方だったっけ。

「運命って信じる?」

 え?

 僕は思わず彼の目を覗き込んでしまった。

「運命って……、あの運命?」

「ああ。たぶんその運命」

 自分で言っといてなんだが運命にあのもそのも無い。

「そうだねえ……。あるっちゃある気がするけど、でもそこまで頑なには信じてないっていうか」

「ふうむ」

 田村は顎に手を当てて宙を睨んだ。

 どうしたんだろう。大きな事故の衝撃で急に何かに目覚めてしまったとでもいうのだろうか。唐突にそんな哲学的な質問をされても僕には答える準備が無い。だとしたらストレートにこちらから訊いてしまった方がいい気がする。

「タケちゃんは運命信じてるの?」

 田村は僕の目を真っ直ぐに見た。

「ああ。俺は運命を信じてる。っていうか、俺らの行動や思考って完全に100パーあらかじめ決められてるんだって、昔からそう思ってる」

 意外だった。

 体育会系なだけでなく、二年生にして野球部でエースピッチャーにまで上り詰めた田村のこと、運命なんて自分の手で切り開くもんだくらいのことを言うのだと思っていた。

「それってつまり、生まれてから死ぬまで、僕らの将来は全部運命で決まってるっていうこと?」

「ああ、そういうこと」

 僕としては珍しく反論めいたことを言わずにはいられなかった。

「でもそれってなんか虚しくない? だってあらかじめ僕らの将来が運命で決まってるんならさ、いくら努力しても無駄っていうか」

 田村は首を捻った。

「シーナ、それは逆だよ」

「逆?」

「自分が努力するとかしないとか、それすらもう運命で決まってるんだよ」

「ってことは……?」

「結果は変わらないし変えようがない。だったら怠けるよりひがむより、まして他人を気にしてあーだこーだ言うよりも自分が死ぬほど努力した方がマシに決まってるだろう」

 僕は軽く衝撃を受けていた。啓蒙されたと言ってもいいかもしれない。

 運命が決まっているからこそ死ぬほど努力する。

 なるほど、野球部でエースの背番号を背負うアスリートの発想とはこういうものなのか。

 ネリはさも当たり前のことを聞いたようにふんふんと頷いている。もう一方のツェラは話すら聞いていなかったのか早くも飲み干したグラスの底に溜まった氷をズズーっと音を立てて吸っている。

 なんだ、こんなに感動しているのは僕だけか?

「そうかあ、なるほどなあ……」

「だから今回のことも俺はしょうがないと思ってる」

 おそらく田村の言うしょうがないと僕のイメージするしょうがないとは意味が違う。死ぬほど努力したうえで突発的に遭遇した事故を現実として受け入れるしょうがないと、ただ流れに身を任せたあげくにそれ相応の結果に甘んじて何かを諦めるだけのしょうがない。そこには大きな隔たりがあるだろう。

「しょうがないと思ってるけどさ、さすがにこの怪我はちょっとこたえたよ」

 田村は乾いた笑い声を漏らした。

「タケちゃんでもやっぱりそうなんだ」

「そりゃそうだよ。だって〈絶望〉とかいう女の子が見えちまうくらいだからな」

 ネリがウフフと笑った。

「シーナだってそれは同じなんだろう?」

「え? うん。まあ、そうだね」

 僕はとても田村のような高邁な精神を持ってラノベ執筆に取り組んでいたとは言えない。しかし、たしかに僕だって〈絶望〉したのだ。自分の惨めな才能に。そして、そこから導き出された薄暗い自分の未来に。

「ねえタケちゃん」

「うん?」

「タケちゃんはさ、責任を感じてるんじゃないかな?」

 田村はストローを使わずにグラスのままコーラをグイっと飲んだ。

「責任って?」

「自分のこともそうだけど、その、将来のこととかさ」

 僕はいちいち歯切れが悪かった。けれど、そんな僕に対して田村は優しい敏感さを持っていた。

「母さんのこととか?」

「うん。あ、うちもほら、今は有以さん、ああうちの母さんのことね、と妹と三人とかだったりするからさ」

「あ、そうなんだ」

「もちろんタケちゃんほど背負ってるわけじゃないけど、スポーツ推薦で大学に特待で行けるとかそういうのも無いし。でもやっぱり、いちおう考えるっていうかさ」

 僕はずっと誰かと共有したかったのかもしれない。自分の境遇を。

 分かっている。こんな話はよくあることだ。だいいち家族の事情なんて人それぞれだし、乱暴に一般化して共感したり理想を押しつけたり出来るものでは決してない。

 けれど、自分の勝手なわがままだと分かってはいても、もし目の前に同じような手を差し伸べられたらそれを掴んでみたいと、僕はきっと願っていたのだ。

「まあね」

 一見そっけない風で小さく頷いた田村だったが、その表情はどこか安堵したように見えた。

 口に出すことで安心が出来るのなら。さらに個人的な領域に踏み込むことを承知で僕は田村に訊いた。

「あと……、タケちゃんはさ、あの日、誰かと会うつもりだったんじゃないのかな?」

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