第33話 茶色いドリンクできました
田村がいま野球部の中でどのような状況にあるのか、僕は知るよしもない。
右肩を覆う巨大なギブスから素人でも推測できる怪我の状態と、あとは放課後の補習に出ていることから、差し当たって今は部活動に出ていないことを知るだけだ。
僕の胸のざわつきの原因は幾つかあると思う。ひとつには補習を受けていたとはいえ部活動には参加しなかった田村が放課後のファミレスでクラスメートと歓談しているところを同じ部の連中に目撃されては対面が悪いだろうということ。その相手が僕のようなクラスの中でもレアキャラに属する人物であることもいっそう悪影響であるかもしれないが、まあそこまで僕じしんを卑下するのはよそう。
もうひとつの原因。より僕の気持ちを重くするのは教室で目撃した野球部員たちの様子、同じ部員である田村に対するあまりにもよそよそしい態度であった。
部活動の帰りであろうそんな彼らはぞろぞろ店に入ってくると僕たちが占める席の隣のテーブルめがけて歩いてきた。しかし、その手前に田村の後ろ姿を認めると皆一様に足を止めた。
「ん、どした? おっ、武人ちゃ……」
「おいっ、三好」
手を上げかけた三好が別の部員に制せられた。
「こっちも空いてるからこっちにしようぜ」
「おお、いーよいーよそっちで」
きびすを返した彼らは入り口にほど近い席に陣地を定め、無駄にでかいバッグをテーブルの足下にドサッと放り込むや口々に溜め息を吐き出しながら座った。肩を小突かれた三好はわりいわりいなどと言いながらも田村に申し訳なさそうな視線を一瞬だけ寄越すと一団の中に混じっていった。
彼らの見せたそれは気を遣ったというのとははっきり異なっていた。良く言って腫れ物に触るという感じ。悪く言えばシカトであった。
田村もまた田村だった。後ろを向いていたとはいえ声や雰囲気で入ってきたのが同じ野球部員であることは当然分かったはずだ。しかし、田村もまた一度たりともその声の方を振り向くことをしなかった。たまたま左手に持ち上げていたドリンクバーのグラスをくるくると回し、奇妙な色のドリンクの中で回転する氷の動きをじっと目で追っていた。
ネリはというと別段腹を立てた様子もなく、かといって楽しげでもなく、ツンと澄まして窓の向こうを眺めていた。そして、僕の隣ではツェラがそんな雰囲気を察する風もなくパフェの中身のコーンを熱心に掬い上げていた。
あらためて言おう。野球部内のあれやこれやなんて僕には関係の無いことだ。
けれど、僕は不愉快であった。
「ツェラ、なんか飲む?」
「うん。甘いコーヒー」
「ホット?」
「つめたいの」
「はいよ」
「じゃあわたくしはオレンジジュースをいただこうかしら」
「あっ、う、うん。一緒に持ってくるよ」
ネリに口を挟まれて戸惑いながら僕は二人分のグラスを手にした。ツェラとの会話が自分以外には聞こえないことがこんなにも当たり前になっていたとはわれながら驚きだった。
僕は席を立ってドリンクサーバーへと向かった。そこには注文を済ませた野球部連中がはやくもたむろしていた。
「うわ。炭酸を炭酸じゃないやつで割るとかないわー」
「普通だろ普通。一杯目はこれでいいんだよ」
「隠し味に冷コー入れとけよ」
「おまえら最初は順当にコーラアンドメロソーだろうが」
いい歳になっても男子が集まればドリンクバーで無駄に盛り上がるのは変わらないらしい。そして、彼らの一番後方には三好がいた。どうやら集団は三年生の先輩が多いらしく、三好は普段の教室で見るよりもずいぶんとおとなしいように見えた。
めいめいに飲み物を手にした集団がやかましく席へ戻っていくと、後には三好ひとりが残された。黙々とおのれのドリンク製造に励んでいる三好に僕は話しかけた。
「おっす」
「おー鮎川っち」
「それ、なに混ぜてんの?」
「ん。全部」
「全部? 美味いの?」
「いや、そんなに」
三好は真剣な眼差しで恐ろしい組み合わせのドリンクを配合していた。その横顔に向けて僕はなおも言葉を続けた。
「野球部ってここよく来るんだ」
「たまに。そんなしょっちゅうは来ないけど」
「あっちに田村くんも来てるんだけど」
「ああ」
三好はグラスから目を離さずに気の無さそうな返事を寄越した。
完成したたいして美味しそうでも美しくもないミックスドリンクを目の高さに掲げて、よし、と三好は呟いた。どうやら彼の中では納得のいく出来映えだったらしい。そして、独り言のような声音のままこう続けた。
「悪いなほんと。なんていうかその、なんか部長命令らしくてさ」
「部長?」
三好はようやくこちらを振り向くとニカッとよく見知った笑顔を見せた。ていうか僕に謝られても、と僕は言いかけたが、三好はグラスを持ったのとは別の手を上げて、そんじゃあ、と仲間の元へさっさと帰っていってしまった。向こうでは練習後の打ち上げのような騒ぎが始まっていた。
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