第11話 その力は誰のため?
「キャーッ!!」
「マジかよ!? めっちゃ降ってきたんだけど!」
「いったん中止! 非難非難!」
グラウンドで部活動に励んでいた運動部員たちが豪雨に打たれて校舎へと駆け込んでくるのが見えた。
疑いようのない事実を確認しておこう。ほんの数秒前まで抜けるような快晴だった空が一瞬のうちに分厚い雲に覆われ、激しい大雨が降ってグラウンドが水浸しになったのだ。
むろん、これは単に天候が崩れたとかいう話ではない。お天道様の気紛れと理解するにはあまりにもケタが外れている。異常気象と言ってもてんで物足りない。
「なあツェラ……」
僕は目の前の〈絶望〉を見上げた。ツェラは両手を天井に挙げたまま変わらず勝利者ポーズをとっている。口元が若干ゆがんでいるのは余韻に浸っているようにも見える。
さすがに図書室がざわつき始めた。傘を持っていないと嘆くもの。スマホでどこかへ連絡をするもの。何かを呟きながら呆然と空を見るもの……。
僕は立ち上がってツェラの肩を叩いた。するとツェラはようやくカッと目を見開いた。
「どう鮎川くん!? ビックリした?」
「ああ、ビックリしたよ。なにがどうなって……」
「そーれーはーねー」
ツェラはその場でクルクルと回って見せた。焦らしているのだろうか。やがて正面に向き直るとこう言い放った。
「これがわたしの力なのです!」
ツェラはビシッと僕を指さした。
「ちから?」
それだけで理解しきるほど僕の頭は都合良く出来ていない。
「そう。特殊能力。異能って言ってもいいのかなあ」
「はあ」
そもそもが人間ではない〈絶望〉のことだ。特殊な能力があると言われたらそうなのだろう。ともかくこの異常な状況を飲み込むにはとりあえず信じるしかなさそうだ。
「で、その異能とやらで何をどうしたっていうのかな?」
「わたしはね、書かれた文章を繰り返すことが出来るの」
「え? なんだって?」
「だからね、前に書かれた文章を繰り返して、たった一度だけその光景を現実に再現しちゃうってわけ」
とても分からない。しかし、腑に落ちる点が無いわけではない。思い返すに、僕は確かにあの光景を体験したことがあった。あの図書室の窓から外を見たときのあの感じを。
彼女の言うとおり、前に書かれた文章という、これがいまいち僕には認知しがたいのだが、ともかくそれを彼女は再現することが出来るということだ。そういうことなのだ。そうだと一応は納得しないことにはおそらく先へは進めない。
「ああ、まあ分かったよ。で、何でまたこんなことを?」
「へ? 中止にするんでしょ、体育祭」
僕はイスに腰を下ろした。ツェラの肩を叩くときに立ち上がったまま僕は座ることも忘れていた。両手を顔の前で組みフムフムと頷きじっと目を閉じるとのどの奥から笑いがせり上がってきた。
「くっくっくっ……」
雨天中止。こんなにも甘美な響きがあるだろうか。
体育祭といえども天候のせいならば誰もが納得せざるを得ず、それが意図的な操作だとしても僕が疑われることなどまずありえない。体育館で代替競技とかするんだっけ? ともあれ僕の出る予定のマラソンさえ中止になればそれで十分なのだ。
「ツェラ、よくやった!」
これまでどこか頭のネジが飛んでいる印象だった〈絶望〉に僕は賛辞の言葉をかけた。
「ちなみにわたしの能力には条件があってね」
「ふむ」
こういう後出しで思わぬ穴が見つからないとも限らない。聞いておこう。
「それが起こりうる状況をちゃんとセッティングしてあげないといけないの。例えば今回の文脈だったら鮎川くんが図書室にいることとかね」
文脈というのがまた分からないが、とりあえず同じ状況を作っておくということだろう。体育祭だから図書室が出入り禁止になるという話は聞いていない。だったら体育祭の当日に図書室に来て、また同じように雨を降らせれば良いってだけだ。
よし、じゃあそういう方向で……。
ん?
数十秒前のツェラの言葉がフラッシュバックする。ツェラは何か大事な一言をさりげなくしゃべった気がするのだが。
「ねえツェラ。君の能力って条件があるって言ったよね?」
「うん。同じ状況をセッティングするって……」
「いや、それも大事なんだけど、その前に一度だけとかなんとか」
「そうだよ。わたしの力は書かれた文章を繰り返して同じ光景をたった一度だけ再現するっていう……」
「それだよ!」
ツェラはぽかんと口を開けた。
「一度だけってことは、じゃあ体育祭当日にまたそれを繰り返して同じように雨を降らせてるってことは……」
ツェラはしばし視線を宙に漂わせて思案の表情を作った後、前に身を乗り出すや胸の前でグッとガッツポーズを作った。
「鮎川くん、走ろう!」
グッじゃないよ。
はあーと僕は力なくため息を吐いた。まあこんなことだろうと思ったよ。特殊能力にはさすがに驚いたけど、このツェラがそうスムーズに難題を解決してくれるとはどうしても想像できなかったんだ。
「鮎川くん、顔面が沈没してるよ」
深々と机に突っ伏した僕の頭上からもはや聞き慣れた声が降ってきた。僕にしか聞こえないその声が。
とそのとき、もうひとつ別の声が僕の耳をくすぐった。その美声は鈴の音となって僕の胸をリンと打った。
「叶映ちゃん、代わってもらっちゃってごめんねえ」
「ぜんぜんいいよ。そっちこそ雨大丈夫だった?」
「うん平気。ちょうど出ようってところで急に降ってきちゃって」
顔を上げて見るまでもなかった。
カウンターの前で黒田叶映と話しているのは朝吹実梨さん、その人であった。
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