第47話 それはいつかの自分の似姿で(勇者視点)
帝国の軍勢の中央。
竜骸戦車の上で、堕ちた勇者――俺は吐息をこぼした。
「ああ……」
視線は神殿の階段下、嵐のような刃の群を見ている。
「ルカ・グランドール。お前も……堕ちちまったか」
我ながらひどく悲嘆に暮れた呟きだった。
クソ神官のことは嫌いだ。同じ神託の子でありながら何不自由なく生きてきたあいつのことは、心底恨めしいと思っている。
でも、だからといって……俺と同じようになってほしかったわけじゃない。
「まるで……魔王に負けた時のシドみたいね」
「……だな」
横にいるメアリの言葉にも素直に頷いてしまうことができた。
かつて。
魔王に負けた勇者を待っていたのは、人々からの罵倒の嵐だった。
――なぜ逃げてきた? 臆病者め。逃げるくらいなら死んで次代に繋げばよかったものを。恥知らず。生まれてきたことを世界中に詫びろ。この堕ちた勇者め。
無数の怨嗟に耐え切れず、俺は壊れた。
正しさを信じることを捨ててしまった。
その末に悪魔なんてモノに魂を売ったのだ。
「……でも、あなたはそれでもまだ世界を救おうとしている。たとえやり方が間違っていたとしても」
「運が良かったのさ。いや……悪かったのか。どっちにしろ……納得ができたんだ。どんなに罵られようと、魔王に負けた自分が悪いんだってな」
「じゃあ、あの神官の子はどうなるのかしら?」
「もう戻れないかもな。なんせクソ神官にはあんな目に遭うような落ち度はない」
ルカが王女の姿で出てきたことは悪魔を通じて気づいていた。
あいつがこちらと話したがっていることも理解している。応じる気など毛頭ないが。
正直、度し難ないほどに愚かだ。
最前線の兵士の前にあんな無防備な姿を晒せば、襲われて当然だろう。優等生にはそんなことすら想像できなかったのだ。
視線の先では聖杖の刃が竜巻のように乱舞し、帝国の軍勢が薙ぎ倒されていく。
すでに全軍の十分の一は戦闘不能にされていた。
「容赦ねえな。ありゃ駄目だ……俺以上にとことんまで堕ちていくだろうな」
聖杖の刃は悪魔も人間も区別していない。何もかもを斬り刻む勢いだ。
暗澹たる気分で、俺は聖剣を抜く。
黄金の色が失われ、闇色に染まってしまった刃を高く掲げる。
「同じ神託の子のよしみだ。……俺が終わらせてやる」
「……でも勝てる? 神官は悪魔を祓うんだから、今のあなたにとっては天敵でしょう?」
「問題ねえ。アモンは四方の王の一角だ。格は一枚落ちるが、七大悪魔とは近接関係にある。祓うには聖杖の第二形態が必要なんだよ。けど、あいつは……たぶんそこまで聖杖を使いこなせてない」
あの刃の嵐はおそらく半端な第二形態の暴走だろう。
それも無理からぬことだ。
「伝承によれば、聖剣と違って聖杖は形態が少ない。歴史上、聖杖に選ばれたのがあいつ一人だからなんとも言えねえが……竜戦士の聖斧の例を考えれば、聖杖の形態を一つ極めるには最低でも十年は掛かるはずなんだ。まだガキのあいつにとっては何もかも早過ぎたんだよ。聖女と出逢うのも、七大悪魔を相手にするのも、それから……外の世界と向き合うのもな」
それでも時代の流れは待ってはくれない。
魔王は大陸を焦土と化す計画を進めているし、聖女は目覚めの時を迎えていて、勇者も神官も否が応にも歴史の表舞台に引きずり出される。
「……しんどいよな。やってらんねえよな。でも戦うしかないんだ。俺たちにはそれしか出来ないんだから」
だから俺は聖女を喰らう。
『終幕の力』で魔王を倒すために。ついでに七大悪魔も取り込めれば万々歳だ。
「ルカ・グランドール……もしも魔王を倒せたら、そん時は俺がお前の代わりに大陸中の悪魔を消滅させてやるよ。。――アモン、仕事だ。目覚めろ」
「『おうよ、シド様! どでけえ花火を打ち上げましょうぜ!』」
刻印から悪魔が現れ、聖剣が黒い輝きを帯びる。魔術による遠距離からの一撃。
それを放とうとした刹那、メアリが声を上げた。
「シド、待って」
彼女の視線は神殿側にいる軍勢の方を向いている。
「何か様子がおかしいわ……」
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