第39話 勇者と悪魔と魔法使いのどうしようもないパーティー(勇者視点)

 神殿の建つ丘から北東五キロの場所。

 草原には甲冑の騎士たちが闊歩しており、皆、顔には悪魔の刻印が刻まれていた。魔法によって悪魔は制御できているが、代償に彼らは寿命を大幅に奪われている。言わばこれは死出の行進だ。


 草を踏み潰し、軍勢は進む。その中央で存在感を放つのは、ダークドラゴンの死骸を使った竜骸戦車りゅうがいせんしゃ。伝承の竜戦士辺りが見たらきっと激怒することだろう。


 ……まあ、俺には関係ねえけどな。


 シド・ソーディン――俺は心中で吐き捨てる。

 そうだ。関係ない。竜戦士も、神官も、勇者という肩書すらもはや俺とは無関係だ。

 竜骸戦車の背に設えた指揮官座に俺はいる。

 竜の背は広く、指揮官座には物見台代わりの遠見鏡や大将椅子が置いてある。


 俺の眼前には悪魔の力で空間を繋ぎ、伝承の神官――ルカ・グランドールの姿が映し出されている。

 今、まさにそのルカから詰問されたところだ。

 君は魔王を倒すべき、勇者だろう、と。


「…………」


 俺は深い苛立ちを押し殺し、無言を貫く。

 そこへルカが言葉を重ねてくる。


「『勇者は聖剣を継承して代替わりする。そのダークドラゴンを倒した先代勇者が夭折した後、数年の空白期間を経て、聖剣エンダリアを受け継いだ少年の名がシド・ソーディンだったはずだ』」

「…………」

「『君の役目は歴代の勇者たちの意思を継ぎ、魔王を倒すことだろ!? なのになんでこんなことをしてるんだ!? 答えろ、シド!』」

「…………っ」


 ギリギリと奥歯を噛み締める。

 すると頬の刻印が蠢き、コウモリのような悪魔がきゅぽんっと現れた。

 顔の前をパタパタと飛び、耳障りな声を上げる。


「『ケケケケケケッ! 言われてんなぁ、シド様よ! そりゃ言われるよなぁ。魔王を倒さなきゃいけねえ勇者が、その魔王配下の悪魔と手を組んでんだからさぁ。しかもありゃ伝承の神官だろ? アンタと同じ運命を背負いながら、アンタと違って今も頑張ってる優等生だ! こりゃキツいな、シド様?』」

「……うるせえ。黙れ、クソが」

「『黙らねえよぉ、黙まってやるもんかよぉ。なんせそういう契約だからなぁ』」


 悪魔は馬鹿みたいにでかい舌をべろんっと出し、顔の前で目障りに旋回する。


「『オレたち悪魔はアンタら帝国の魔法で見事に捕らえられちまった。でも完全に封じると、アンタらもオレらの力を使って聖女の魂をバリバリ喰っちまうことができなくなる。おかげでオレらにも一定の自由を与えざるをえなったわけだ。つまりは対等な契約さ。オレらは好きな時にこうして外に出られるし、アンタらの人生を好きに覗き見できるし、アンタらの魂をチューチュー吸って徐々に寿命を削ることだってできる。シド様はもう半分以上、オレに寿命を吸われちまってるよな? いやはや悪魔的には意外に悪くないぜ、この生活! 見事な共生関係だ。さあさあ、シド様よ。優等生の神官がお返事をお待ちだぜい? ちゃーんと教えてやれよ。悪魔に魂を売っちまった、堕ちた勇者の哀しい事情ってやつを――よぼっ!?』」


 汚い声を上げる悪魔。

 俺が座っている大将椅子の背後から細い腕が伸び、悪魔を鷲掴みにしていた。


「……少しお喋りし過ぎね、アモン。あまりシドをいじめないであげて?」


 それはエメラルド色の髪をした女だった。

 魔法使いの法衣を身に着け、三角型の帽子を被っている。だが魔法使いの象徴たる杖は持っていない。

 女が口を出した途端、悪魔は焦り始めた。


「『ま、魔法使いの姐さんっ。いやぁ、へへ、申し訳ねえっす。どうもオレは一度喋り出すと止まらなくて。本当、すんません。今すぐ戻りますんで。じゃ!』」


 卑屈に愛想笑いをし、ポンッと悪魔は消え失せた。

 俺は背後から伸びる女の腕を軽く振り払う。


「……余計なことすんなよ、メアリ」

「ごめんなさい、シド。でも悪魔の制御は私の仕事だもの。もしもあなたが悪魔に惑わされそうになった時は……」


 振り払われた手を引っ込めながら、女――メアリはそっと俺の頬を撫でた。



「私があなたを守るわ。絶対に」



 強い決意の込められた言葉だった。

 ため息をつく代わりに俺は目を伏せる。

 メアリは魔法使いで、かつては魔法同盟でも随一と呼ばれた使い手だった。

 帝国においては人工的な悪魔憑きの術式を確立した立役者でもある。

 現在も悪魔憑きの騎士団デモン・クラウンの術式の大半はこいつが担っている。


 そして、メアリは元・勇者パーティーだ。

 以前に俺が率いていたパーティーのメンバーで、紆余曲折の果て、誰もが離れていくなか、唯一、メアリだけが隣りに残った。


 俺は瞼を開く。

 守ると言った彼女へ、ささやかながら反抗するために。


「子供扱いするな」

「まだ子供でしょう?」

「俺は女を知ってる」

「教えてあげたの、私だけどね?」

「…………」


 せっかく悪魔のアモンが消えたのに、メアリにも口で敵わない。

 術の鏡の向こうでは神官が「『どうしたんだ!? シド! 答えろ、シド!』」と喚いている。さっきアモンが出てくるのを鏡越しに見てからずっとこの調子だ。その口調には微妙にこちらを心配するような響きさえある。


 悪魔の姿を見れば、どうしても人間を心配してしまうのだろう。

 たとえそれが大砲のようなブレスを撃ってきた相手であったとしても。


「……はっ、まったくお優しい神官様だぜ」


 目を逸らして吐き捨てる。

 ルカ・グランドール。

 箱庭育ちのこいつには自分のパーティーが壊滅した経験なんてないだろう。ボロボロの逃走劇をしたこともなく、傷を舐め合うように仲間と体を重ねてしまったこともないはずだ。堕ちた勇者とは何もかもが違う。


「……あー、すげえ腹立ってきた」


 なんでもいいからこの優等生の鼻を明かしたい。


「メアリ」

「なあに?」


 極めて自然に俺は言った。



「乳揉ませろ」



 メアリは思いきり呆れ顔をした。

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