第40話 凡人勇者は天才神官がムカついたので、魔法使いの乳を揉みしだくことにしました(勇者視点)
「乳揉ませろ」
俺の一言に昔馴染みの魔法使い――メアリは思いきり呆れ顔をした。
「……悪魔が脳にでもまわっちゃったの?」
「そん時はお前が守ってくれるんだろ?」
「子供扱いは嫌なんじゃなかった?」
「だから大人扱いさせろって言ってんだよ」
「……二度目はシドの誕生日って決めてたんだけどなぁ」
「いや最後までとは言ってねえよ……。あと勝手に妙なこと決めんじゃねえ」
俺は鏡の向こうを親指で差した。
そこにはムカつく天才神官が映っている。
「この優等生に嫌がらせしたい。協力してくれ」
「あら」
三角型の帽子が揺れ、魔法使いの表情に理解が灯った。
「男の子同士の意地の張り合い、か。……張れる意地、まだあったんだね」
「……うるせえよ」
「そういうことならあなたの愛玩動物になってあげる」
背もたれに手を掛けてふわりと舞い、メアリが膝の上に乗ってきた。
柔らかい尻の感触に既視感を覚える。逃走の夜以来の感触だった。
エメラルド色の髪をなびかせ、こちらの首に手をまわすと、魔法使いは囁く。
「……あなたが逃げるなら、どこまでも一緒に逃げてあげる。あなたが間違うなら、どこまでも一緒に間違ってあげる。それが私のすべてだよ」
「……幸せになれねえ女だな」
「幸せになれない男の子の隣りにいるからね」
そりゃどうも、と愚痴る。
鏡の向こうではルカが戸惑っている。
「『だ、誰なんだ、その女の人は……!?』」
当然、無視だ。
「なあ、クソ神官。お前、女の乳揉んだことあるか?」
「『へ……? ち、乳? おっぱい!? あるわけないだろ! ……いや、正確にはオリビアさんとロッテさんに触らせてもらいかけ……たけど、触ってないし! ないよ! あるわけないだろ!? 僕は神官だぞ!?』」
なんかごにょごにょ言ってるが、つまりはないってことだろう。
「へえ? 俺は揉んだことあるぜ。そして今も揉む。こんなふうにな!」
法衣の下へ手を滑らし、ヤシの実のように巨大な胸を揉みしだいた。
柔肉を手のひらで持ち上げ、練り込み、左右に揺らし、思う存分に楽しむ。
「ああんっ♪」
「『な、何やってるんだーっ!?』」
神官が目を見開いて動揺する。
はは、実に愉快だ。
「見て分かんだろ? 揉んでんだよ。揉んで揉んで揉みまくってんだよ! どうだ、優等生のてめえはこんな世界知らねえだろ?」
「『知るわけないだろ! 知りそうになったこともあったけど、知ってない! 僕は修行中の身だぞ!?』」
「んなこといって羨ましいんだろ? 正直に羨ましいって言えよ、ほら!」
「やんっ♪ シドったら激しい……っ」
「『やめろーっ!? 変なものを見せるな! だ、だだだ誰が羨ましいもんか! 冒涜的だぞ!?』」
「『……んー、最近のルカ君はあんまり他人に冒涜的とか言える立場でもない気がするけどね? 主にさっきのロッテの件とかを見るに』」
「『オ、オリビアさん!? その件は終わったはずじゃ……!?』」
向こうで何か揉めている。実にいい気味だった。
くく、と喉で笑い、メアリの胸から手を離す。
幸せになれない女は「……満足した?」と甘い吐息をこぼして抱き着いてきた。
抱き締め返して、「……いいや。やっぱなんも満足できねえや」とまた愚痴る。
こんなことで絶望も後悔も消えはしない。
だが多少溜飲は下がった。
「なあ、クソ神官」
「『なんだよ!? こっちは今、取り込み中なんだ!』」
「お前は神殿勢力の秘蔵っ子だ。その箱庭みてえな場所でぬくぬく大切に育てられて……女の味は知らなくても、代わりに挫折や劣等感も知らねえんだろろうな。面白えよなぁ。同じ伝承の顕現者――『伝承の子』なのに、なんでこうも違うんだ?」
「『シド……?』」
「お前が過保護に育てられてる間、俺は延々、血みどろの修行と戦いに明け暮れてた」
聖剣を継承したのは七歳の頃。
前任の勇者が死ぬと、聖剣はザビニア帝国領内の封印の岩に安置される。
以降は善神の加護が掛かり、どんな屈強な戦士にも抜くことはできない。例外は選ばれし勇者だけだ。その聖剣を引っこ抜いた日から俺の人生は一変した。
古老戦士ギルドから歴戦の師匠たちがこぞってやってきて、死と隣り合わせの修行をさせられた。だが途中で魔王の手先が現れて、師匠たちは全滅。仇討ちのために奥義を習得し、仇を取り、けれどまたさらに強大な手先が現れて、修行と戦いの繰り返し。
結果、歴代最年少で聖剣の第九九九形態まで会得するに至った。
「『だったら……』」
鏡の向こうから問いかけがきた。
「『どうして君は今、悪魔なんて使ってるんだ?』」
もう黙りはしない。メアリが嫌がらせに協力してくれたおかげで、多少は気が晴れたからな。
堕ちた勇者は答える。
悪魔憑きの軍勢を率いる、冒涜的な戦車の上で。
「――魔王に負けたんだよ、俺は」
ルカが息をのんだ。その顔色は見る見る青ざめていく。
笑える話だ。結局、この優等生を一番絶句させるのは、俺の一番の挫折の話だったらしい。
……本当、笑える話だよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます