第37話 機械仕掛けの神はもういない(オリビア視点)
「『俺の本体が五千。聖騎士にやられて復活した別隊が五千。合計一万の軍勢はあんたたちを喰い散らかすためにやってきたんだ』」
シドから告げられた言葉が、ネオンを打ちのめす。
「なん、で……」
踊り子の視線はさ迷い、縋るように少年を見つめた。
「……ね、ルカっち。嘘だよね? あたしさ、噂の天才少年とゆるーく楽しく過ごせるって聞いたから神殿にきたんだよ。なのに……なんでいつの間にか帝国に狙われるみたいなことになってんの? ぜんぜん意味分かんないよ。こんなの……嘘だよね?」
「……本当は、もっと早くお話しするべきだったのかもしれません。ごめんなさい」
「ご、ごめんじゃ分からないってば……っ」
「ネオン、落ち着きなさい」
「でも王女様……っ」
「理不尽なんていつだって突然降ってくるものよ。そういう時は落ち着いて、まず事実を見極める。すべてはそこからよ」
私はネオンを自分の胸に抱き寄せる。
しがみついてきてネオンは呟いた。
「……王女様はなんでそんなに強いのさ」
「慣れてるだけよ。それに少し心当たりがあったの。私を襲った傲慢の悪魔は事あるごとに『奴ら』って言葉を口にしてた。それを今、あの敵も言っていた。あとは……」
瞳を向ける。
テラスの中央にいるセシルは視線の問いかけに対し、ロッテの到着前に言いかけていた言葉を口にする。
「この事態の中心にいるのは中立神――機械仕掛けの神」
善神と悪神については私も知っている。
善神は人間やエルフを生み出した、加護をもたらす存在。
悪神は魔獣や悪魔などの『
「でも世界には……第三の神がいるんです」
セシルから引き継ぐようにして、ルカ君が語る。
第三の神。
それが中立神。
別名・機械仕掛けの神デイー・エクス・マーキニース。
「機械仕掛けの神は世界に終わりをもたらす存在です。世界が限界を迎えて、これ以上の発展は望めないと判断した時、善も悪も関係なく、すべてに終焉の幕を下ろしてしまうんです。かつての西暦の世界もそうして消されてしまいました」
「世界が限界って……ルカ君、そんなの誰が決めるの?」
「機械仕掛けの神自身です。一体、どんな基準で決定されるのかは誰にも分かりません。おそらくは善神や……悪神にすら計り知れないことだと思います」
そうして西暦の時代は終わりを告げた。
だがその終幕は善神と悪神、双方にとって嘆くべきものだった。
よって二つの神は大陸の創生後、それぞれの力を使い、機械仕掛けの神が次に世界にもたらす『終幕の力』を阻もうと試みた。
悪神は自身が七大悪魔を生み出した時の業を使い、『終幕の力』を七つに分断した。
善神は自身が精霊を生み出した時の業を使い、七つの分断体に七つの美徳を溶け込ませた。
七つの美徳とはすなわち――謙虚、忍耐、寛容、人徳、勤勉、節制、純潔。
属性を与えた善神の導きにより、『終幕の力』は個別に意思を持ち、人間の魂のなかに封じられることとなった。美徳の属性に相応しい、人間のなかへだ。
「それって……」
「はい、それが聖女の皆さんです」
聖女の誕生により世界が機械仕掛けの終幕を迎えることはなくなった。
少なくともこの千三百年、大陸は消失していない。
「『た、だ、し。世界が滅びないとなると、今度はその力を使いたくなるよなぁ?』」
ニヤつきながらシドが口を挟んだ。
私は無意識に呟く。
「力って……機械仕掛けの神の力のこと?」
「『そうだぜ、お姉さん?』」
善神の導きにより、『終幕の力』は七つの美徳に準じた聖女の魂に封じられる。
だが最初に力を分断したのは悪神が七大悪魔を生み出した業だ。
よって『終幕の力』を宿した聖女は、七大悪魔に容易に取り憑かれてしまう。
「『七大悪魔は聖女が生まれる度に取り憑いて、魂を喰おうとしてきた。終幕の力を取り込むためにな。かつて西暦世界を滅ぼしたほどの力だ。そいつがあれば無敵だろうよ。たださ、悪魔ってのは享楽に溺れ過ぎるんだ。いつも聖女の体で暴れまわって、そうしてるうちに聖女自身が衰弱して死んじまうんだと。死んだら魂はどっかにいっちまう。神々の世界だかどっかにな。結局、悪魔が力を手にできた試しはない』」
ふっとシドの視線から温度が消えた。
「『だから俺たちがやる』」
頬に触れ、輪郭のない炎のような刻印をなぞる。
すると刻印が燃え上がり、「『ケケケケケケケケッ!』」とけたたましい声が響いた。
背中に怖気が走った。あの夜の廊下が脳裏に浮かび、本能的に分かった。これは悪魔の声だ。
ぱっと刻印から手を離し、シドは皮肉げに笑った。
「『さすがに七大悪魔とはいかなかったが、俺たちが従えてるのは地方の神殿じゃ祓えない高位悪魔ばっかりだ。こいつらを使って聖女たちの魂を喰う。そして機械仕掛けの神の力を手に入れるんだ』」
「なんで……」
悪魔の声に怯えながら、ネオンが叫ぶ。
「なんでそんなことするのさ!? そんなおっかない力なくったって、帝国はルドワール王国と一応平和にやってんじゃん! あたしたちの魂なんて必要ないっしょ!?」
「『あー、まだちゃんと分かってねえなぁ。おい、クソ神官。教えてやれよ』」
「く……っ」
「え、なに? どゆことなの、ルカっち?」
「『しょうがねえな~。天才神官さんが不親切だから代わりに俺が教えてやるよ。いいかい、お姉さん? 最後に聖女が生まれて、七大悪魔に衰弱死させられちまったのが約百年前だ。で、その間、大陸の国々は互いにずーっと小競り合いを繰り返してた。決定打がないまま、どうにか他の国の奴らをぶっ殺せねえかなぁって、色んな研究をし続けてきたんだよ。そのなかにはさ、当然あるわけよ。聖女の魂を使って、終幕の力を引き出す研究がさ』」
「は……?」
青ざめたネオンの顔はすでに状況を理解していた。
でも認めたくないのだ。そんなおぞましいことは。
「『分かりやすく言ってやる。それぞれの国はすでに聖女の魂を利用する研究を仕上げている。つまりは』」
まるで心を踏みつけるように悪魔憑きは告げた。
「『悪魔どころか今や世界中の人間たちが――あんたら聖女の命を狙ってるんだよ!』」
呆然とした顔で、ネオンはその場にへたり込んでしまった。
「は、はは……嘘でしょ? 夢、かな……これ夢だよね。やー、とんだ悪夢だわぁ」
ネオンを抱いていた私もつられて一緒に床へ座り込む。
でも頭は冷静だった。
それぞれの国ってことは……ルドワールも例外じゃないかもしれないわね。
元々、現国王に理由もなく王宮へ連れてこられた身だ。何か裏があるだろうとは思っていた。でも……まさか世界中から狙われるなんて。
「我ながら難儀な人生ね、私も」
「な、なに他人事みたいにため息ついてるのさ。王女様、怖くないの?」
こちらを見つめるネオンはガタガタと震えている。
その髪を撫でてやりながら、私は苦笑した。
「さすがに怖いよ、私だって。でもね、世界の残酷さなんて呆れるほど見てきたし、それに私は知ってるんだ」
顔を上げる。
瞳に映ったのは天高く掲げられた、聖なる杖。
「たとえどんなに世界が醜くたって、ちゃんと――私たちを守ろうとしてくれる子がいることを」
ターンッと杖の末端が床を叩いた。それは淀んだ空気を吹き飛ばすように。
皆の視線が集まり、彼は雪原のようなローブを翻した。
「悪魔だろうと国家だろうと関係ない! 聖女の皆さんは僕たちが守る!」
ルカ君は堂々とした立ち姿で言い切った。
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