第36話 なぜ悪魔憑きは集ったのか(オリビア視点)

 テラスの逆側からは黒煙が上がり、崩れた神殿の惨状を伝えていた。

 そのなかで声が響く。ひどく陽気に、楽しそうに。


「『さて、ゆっくり話ができる空気になったかね?』」


 黒髪の少年――シドは鏡のような術のなかでニヤニヤと笑っていた。

 一方、ローブ姿の少年――ルカ君は神殿の黒煙と怯えているネオンを見ると、忸怩たる顔で応じた。


「……天気の話をしたいんだっけ?」

「『そうさ。天気の話だよ、ルカ・グランドール』」

「……名乗った覚えはないんだけどな」

「『名乗らなくても知ってるさ』」


 シドは一言一言区切りながら、ふざけた調子で肩を竦める。


「『お前は善神に愛された選ばれし者で、生まれながらの天才で、すげえムカつくクソ神官。誰だって知ってる。神殿がしょっちゅうお前の宣伝をしてるからな』」


 その視線には静かな敵意があった。


「『神殿の布告でお前の顔を見る度、不快だった。こいつは何の不自由もなく、温かい場所でぬくぬく生きてるんだろうなってさ』」

「……天気の話はどうしたのさ?」

「『そうだった、そうだった! 天気の話だ』」


 黒髪の少年はわざとらしく膝を叩く。


「『今日は風が乾いてる。こういう日は竜骸戦車の調子がいいんだ。ブレスもあと三十発は撃てるぜ?』」

「さ……っ!?」


 真っ青な顔で悲鳴を飲み込んだのはネオンだった。

 ルカ君は無言で唇を噛み締めている。だが皆、気持ちは同じだった。

 ブレス一発で神殿は半壊してしまった。あんな攻撃をあと三十回。そんなの生き残れるわけがない。


「『こいつは二十年前に勇者が倒したダークドラゴンさ。魔獣の研究のために死骸をずっと保管してたんだが、それを俺が悪魔の力でこうして蘇らせてやったのよ。どうよ、すげえだろ?』」

「わー、すごい。……って言えば満足? まるで玩具を見せびらかす子供だね」

「『お前の方が俺より年下だろうが。もう一発ぐらいブレス喰らっとくか?』」

「ル、ルカっち! あんま刺激しちゃダメ……っ」


 ネオンの叫びを聞き、ルカ君は「……すみません」と呟いた。

 その様子に私は小さな違和感を覚えた。


 何か……ルカ君がシドに対して苛立っているように感じる。

 悪魔に対する時のルカ君は辛辣だ。だから悪魔を使う人間にも同じ感情を抱いているのかもしれないけど……それも何かしっくりこない。


「無駄な脅しはやめろ。みんなを怯えさせるな」


 ルカ君は鏡の向こうのシドを睨む。


「君はこれ以上、ブレスを撃つことはない。聖女の皆さんを死なせるわけにはいかないからだ」

「『ほう、言うねえ。清らかさを重んじる神殿勢力が聖女を人質扱いしようってか』」

「……っ、違う! そんな言い方はやめろ!」

「『くくっ! 怒るなよ、楽しくなっちゃうだろう?』」


「シド・ソーディン、君は……っ」

「『よーく考えな、ルカ・グランドール。そして迷い、悩み、苦悶しろ。確かに俺たちは聖女を殺せない……と決めつけるのは簡単だ。でもひょっとしたら聖女の死後の魂から奴ら・・の力を抜き取る方法を発見してるかもしれないぜ?』」

「なんだって、そんな馬鹿な……っ」

「『悪魔の力を利用するぐらいだ。不可能とは言い切れないだろ?』」

「く……っ」

「『ははっ、いい面だ! 笑える面だ! 楽しいねえ、楽しいねえ!』」


 敵の哄笑を聞き、ルカ君は奥歯を噛み締めた。

 先ほどのネオンの言葉を気にしているのか、言い返そうとはしない。代わりに当のネオンが声を荒げた。


「もういい加減にしてよ!」

 それは過度の緊張に耐えられなくなった表情だった。


「あたしらを殺せるとか殺せないとか、どういうことなの!? ねえもしかして……帝国の目的はまさか……っ」

「ネオンさん、それは……っ」

「『お~?』」


 シドがおもちゃを見つけたような表情になった。


「『おいおいおい、まさか……核心部分の説明をしてないのか? あー、なるほどなるほど、だから神殿は悪魔祓いなんて名目の布告を出したのか。よっしゃ、そこの姉ちゃん。親切な俺が教えてやるよ!』」

「――っ、やめろ! シド!」

「『俺たちザビニア帝国の狙いは七大悪魔と一緒だ。あんたたち聖女の魂だよ』」

「え……」


 愕然とするネオンへ、シドは言葉を重ねる。



「『俺の本体が五千。聖騎士にやられて復活した別隊が五千。合計一万の軍勢は――あんたたちを喰い散らかすためにやってきたんだ!』」



 それはネオンを打ちのめすには十分すぎる言葉だった――。

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