第35話 聖騎士 in バーサーカー(オリビア視点)

 ドラゴンが神殿へ向けて攻撃を放ち、黒い太陽のような火柱が迫ってくる。

 ネオンが喉を引きつらせて悲鳴を上げた。


「ひぃ!? し、し、死……っ!?」


 そして私とネオンの横を銀色の鎧姿が駆け抜けた。


「死にかけドラゴンのブレス程度だったらアタシが弾けるよ~っ! エルフちゃん、魔法で悪魔関連のフォローよろしく!」


 奇跡の聖騎士と謳われた、ロッテ。

 彼女はなんの迷いもなくテラスから飛び出した。

 炎と氷が絡み合った意匠の剣を空中で抜き、迫りくる黒い太陽に斬り掛かる。

 テラスではロッテに向けて、セシルが両手をかざしていた。


「だから……っ、魔法じゃないって言ってる! ルルーカ、大神官たち! 結界を張れ、全力で!」


 セシルはいつものように指を鳴らしはしなかった。高速で呪文を唱え、ロッテに何かの神聖術を掛ける。

 そのロッテの斬撃からは炎と氷が現れ、砲弾のような黒い太陽と拮抗していた。

 悪魔の炎がロッテを絡め取ろうとするが、セシルの術によって銀色の鎧が星の光をまとい、悪魔の力を退ける。


「あっははーっ! やっぱりお仕事ってメンドいね~っ。早くお昼寝したーい!」


 剣を抜いたロッテは別人のようだった。呑気なことを言っているが、口元がつり上がり、バーサーカーのような表情だ。

 そして斬撃はついに黒い太陽を斬り伏せた。

 真っ二つに裂かれた闇が濁流のように神殿へ流れ込む。

 それを瀬戸際で食い止めたのは、ルカ君たちの結界。


「神聖転術! 詠唱、三巻第四節『これにて場面は移り変わる。我らの大海は二つに裂かれ、ただ凪のみが行き交うのだ』」

「皆、ルカに祈りと加護を集めよ!」


 大神官の号令によって、神官たちと修道騎士たちがルカ君へ力を託す。

 行使したのはルキフェルの時と同じ、空間操作の神聖転術。

 皆の力を借りて、その効果範囲は数十倍に引き上げられていた。

 テラスどころか第一神殿すべてを覆うほどに星の光が生まれている。

 闇の濁流は星の光に触れると、ぱっと消失したように途切れ、後方に現れてあらぬ方向で猛威を振るった。


 第一神殿は守られた。

 でも後方に建っている中規模の神殿二つが闇の直撃を受けてしまう。

 壁が崩され、屋根が消し飛ばされ、二つの神殿は粉塵を上げて倒壊していく。


 その振動は第一神殿のテラスにまで及んだ。

 ネオンが堪らずよろめき、私は抱き寄せる。


「ネオン、しっかして! ちゃんと立ちなさい……っ」

「ご、ごめん、腰抜けちゃって……っ」


 まるで戦争だ。

 ロッテ、セシル、ルカ君のうち、誰か一人でも欠けていれば、今の攻撃で全員死んでいただろう。


「ね、ねえ、王女様……、あっちの神殿崩れちゃったよ? ヤバくない? もしもあのなかに誰かいたら……っ」

「大丈夫じゃ。第五神殿と第六神殿は儀式用の場所。普段、人が詰めているところではない」


 答えたのは大神官。

 シワの刻まれた顔には濃い疲労が浮かんでいた。今の結界にかなりの力を割いてしまったようだ。


「うわぁ、アタシの剣折れちゃったよぉ。これ、水の都の精霊にもらった特別な剣だったのになぁ」


 手すりのところではロッテがセシルに首根っこを掴まれていた。

 落下したところを何かの神聖術で引っ張り上げてもらったらしい。


「……まったく世話が焼ける。胸部に無駄な肉があるから重たくて適わない」

「ごめんね~。あと今のブレスをもっかいやられたら防げないからよろしくねー」


 ロッテの言葉にネオンが目を剥いた。


「マジで!? 修道騎士の人の剣借りたしてなんとかなんないん!?」

「無理~。その辺のナマクラじゃ、ブレスで溶けちゃうよ」

「でも防げなかったらみんな死んじゃうじゃん!?」


「……ネオン。気持ちは分かるが無理を言っている。そもそも人間の身でドラゴンのブレスを斬ること自体が規格外。常識の外の話」

「でもセシルン、もっかい今の大砲みたいなのやられたらどうすんのさ!? 本当に死んじゃうよ!?」

「それは……」


 セシルが言い淀む。

 テラスの逆側からは黒煙が上がり、崩れた神殿の惨状を伝えていた。絶望感が皆の胸に忍び寄ってくる。


 そのなかで声が響いた。

 ひどく陽気に、楽しそうに。


「『さて、ゆっくり話ができる空気になったかね?』」


 黒髪の少年は鏡のような術のなかでニヤニヤと笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る