第33話 魔術と魔法の違いについて

「五千人の人たちを全員……殺してしまったんですか?」


 僕の一言で、場に凍りつくような沈黙が下りた。

 大神官様たちは悲痛な表情で目を伏せる。修道騎士を守ってもらった以上、感謝こそすれ、ロッテさんを責めるような謂れはない。

 分かってる。口に出さずにはいられなかった僕が幼いんだ。


 でも、だからと言って、人を殺してしまうのは……っ。


「ルカよ……」


 僕を諫めようと大神官様が口を開く。

 でもその直後にロッテさんが言葉を発した。あっけらかんとした様子で。


「一人も殺してないよ~」

「え?」

「アタシの力じゃ殺せなかったっていうのが本当のとこかな?」

「ど、どういうことですか?」

「んー、ルー君たちにはこれを見せた方が早いかなぁ?」


 そう言い、ロッテさんはスカートのポケットから何かを取り出した。

 すっと掲げたのは、一枚の札。

 おどろおどろしい呪文と図式が描かれた、それは――。


「魔法? いや違う。まさか……魔術の通信符!?」


 僕は愕然とする。

 魔法と魔術。その二つは根本的に本質が異なる。

 大陸に魔法同盟が存在するように、魔法は各国でも公に行使が認められている。

 魔素の法則を暴き、人間の手で有効利用できないか――という目的意識の下、長年の研究により微力ながらも行使できるようになった力。これが魔法だ。


 魔素を利用するという性質上、魔法を扱う者――魔法使いたちは幾度となく迫害された歴史がある。実のところ、魔法同盟は神殿勢力とも折り合いが悪い。

 でも魔法を使えば、魔獣を弱体化させたり、悪魔を消滅させることもでき、現在はその有用性が認められている。


 一方、魔術。

 それは魔素をあるがまま力として振るう術だ。

 ルキフェルがグランドール小神殿で見せたように魔術は攻撃性が高く、物理法則を容易に凌駕する。ただの人間では抵抗は難しい。悪魔や魔人、高位の魔獣、そして魔王という『闇に潜むモノディアベルズ』の悪しき技。これが魔術だ。

 ロッテさんが掲げているのはその魔術によって創られた符だった。


「なんで、そんなものがここに……っ!?」

「帝国の騎士団が持ってたから奪っといたんだ」

「て、帝国が……?」

「これって修道騎士さんの水晶球みたいに遠くの相手とお話できる道具でしょ? だったら必要になるかなと思って。アタシが返り討ちにした軍勢って、指揮官が小物っぽかったんだよねー。だからきっと他のところに別動隊と総大将がいると思ったんだ」


 ロッテさんが視線で北東を示す。確かにそこには帝国の軍勢が今も存在している。

 でも、だからと言って。


「意味が分かりません! どうして帝国が魔術の道具なんて持ってるんですか……っ」

「あー、うん、だからね~」


 ひどく緩い口調で、彼女は信じられないことを言った。


「アタシが斬った敵さ。全員、悪魔憑きだったんだよ」

「な……っ!?」


 絶句した。

 言葉が出ない。


「斬っても斬っても再生しちゃうし、埒が明かなくてさー。しょうがないからまとめてバラバラに斬り飛ばしたんだけど、それでも肉片が集まり出してたから……たぶん物理的な力じゃ倒しきれないね。悪魔を倒せる人じゃないと無理だと思う~」


 頭が追いつかなかった。

 エルフの制御法で悪魔が外に出てきた時も驚いたけど、それ以上の衝撃だ。


「騎士団が悪魔憑きって、じゃあまさか……帝国の人たちはみんな、悪魔に乗っ取られてるってことですか……?」

「あー、違う違う。そうじゃないんだぁ」


 ロッテさんが軽やかに手を振る。

 見れば、彼女に同行していた修道騎士たちは皆、悲壮な顔をしていた。

 その表情がこの後に続くロッテさんの言葉が真実だと告げている。


 彼女は言った。

 邪悪な悪魔をすべて祓うと預言された神官――ルカ・グランドールにとって、耳を疑うような言葉を。


「帝国はね、悪魔を兵器として運用してるんだよ」

「な……っ」


 眩暈がした。なんだ、それは? あり得ない。悪魔は人類の敵だ。ゴミ虫以下のゴミクズだ。それを……兵器として運用する?


 正直、神殿勢力の僕たちは魔法使いが魔素を扱うことにさえ抵抗がある。

 だというのに悪魔そのものを使うだなんて……。


「……冒涜的です」


 それは今までのじゃれ合いのなかのものとは違う、心からの言葉だった。

 ロッテさんは「なるほどぉ」と頷く。


「じゃあ、帝国の兵士たちはルー君がやっつけないとね。『奇跡の聖騎士』のアタシでも倒しきることは無理だったから」

「ぼ、僕が……人間を?」


 同時、手すりの側にいた修道騎士が声を上げた。


「ルカ! 北東の軍勢が動き始めたぞ!」

 逆方向にいた別の修道騎士も叫ぶ。

「な、南南東からもだ……っ! ロッテーシャ殿に斬られた軍勢が再生したんだ!」


 それまで黙っていたネオンさんが目を丸くする。


「いやいやいや、ちょい待ち! だからなんで帝国の騎士団が神殿にくるのさ? 意味分かんないんだけど!? ひょっとして……ここ戦場になっちゃうの!?」


 場は騒然としていた。誰もが混乱している。

 僕は動けない。何をすべきか、判断できない。

 そしてふいにロッテさんの持っている魔術符が黒い輝きを放った。


「……っ!?」


 僕はとっさに背中の杖を抜いて構えた。

 緊張感が高まるなか、悪しき符から声が響く。


「『よお、元気かい? 俺はザビニア帝国の騎士団を預かっている、シド・ソーディンってモンだ』」


 ひどく陽気な雰囲気で声は告げた。


「『伝承の神官はそこにいるか? 話がしたい。議題は俺からの勧告だ。聖女たちをこっちに渡せ。じゃなきゃ――悪魔憑きの軍勢がその神殿を蹂躙するぜ?』」

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