第30話 4人目の聖女は聖騎士 in 爆乳

「四人目の聖女――『奇跡の聖騎士』ロッテーシャ・クラウ殿は……たった今、この神殿に到着したそうだ」

「へ?」


 老神官様が水晶球を手にして気まずそうに言い、僕は間の抜けた声を上げた。


 ……え? 到着? どういうこと?


 四人目の聖女さんは今、南南東からこっちに向かっていて、そこには帝国の軍勢がいる、という話だったはずだ。

 帝国に捕まれば、最悪、聖女さんは殺されてしまうかもしれない。

 だから急いで助けにいこうとしていたのだけど……。


 僕は手すりの上で瞬きする。……と、ふと神殿の入口が視界に入った。

 聖シルト大神殿は崖のような丘の上にあって、草原からは長い長い白亜の階段が伸びている。


 そこに人がいた。

 目が合った。

 かなりの距離――数百メートルの高低差があるものの、確かに目が合ったと分かった。

 なぜなら相手が「おー」と微妙に間延びした声を上げ、こちらを指差したから。


「君が噂の少年神官君だねー。やっほー。今そこいくから、手すりから落ちないでねー」

「へ? 手すりから落ちるって……ええっ!?」


 その人物が一歩踏み出した途端、階段がビキッとひび割れた。同時、上昇気流に巻き上げられたかのように跳躍。

 一瞬にして丘の上まで飛び上がると、第一神殿の屋根すら超え、遥かな空へと舞い上がった。


 数百メートルの距離を瞬時にゼロにし、その人は太陽を背にする。

 気づいているのは僕だけだ。手すりから飛び降り、慌てて皆に呼びかける。


「皆さん、衝撃に備えて下さい! ひ、人が落ちてきます!」


 誰もが『人が? 何を言ってるんだ?』という顔をした。

 でも直後、みんなの想像の外側から一人の女性が舞い降りた。


「はい、到着~♪」


 鎧のブーツが音を立て、テラスに着地の烈風が吹き荒れた。

 オリビアさんはドレスのスカートを煽られて慌てて押さえ、ネオンさんはぼんやりしていたせいで飛ばされかけて柱にしがみつき、セシルさんはさり気なく修道騎士たちの背後へ移動して難を逃れた。


 大神官様たちはよろめき、僕も体が軽いのでネオンさん同様、危うく飛ばされるところだった。

 なんとかギリギリで身を伏せ、風が収まってから恐々と顔を上げる。


 そこには一人の女騎士が立っていた。


「どーもー、アタシがロッテーシャ・クラウだよ~。えっとねー、好きな物はキャンディーとお昼寝でー、嫌いな物は仕事と仕事と、あとお仕事かなぁ。騎士だから戦うのがお仕事なんだけど、切った張ったはあんま好きじゃなーい。でも神殿にきたら一日中寝ててもいいかもって修道騎士さんに言われたから、とりあえずきてみたー。ロッテって呼んでね~」


 着ているのは動きやすさが重視された、銀色の軽鎧。

 装備の下はフリルのついた可愛らしい服でスカートを履いている。

 一方、腰に下げた剣は明らかな業物だった。柄には炎と氷が絡み合ったような意匠が施され、重厚な雰囲気を放っている。


 でも何より目立つのはロッテと名乗った彼女の胸部。

 ブレスト・プレートに包まれたその胸は、尋常ならざる大きさ。ネオンさんっぽく言うなら――爆乳だった。


 オリビアさんやネオンさんすら凌駕している。ブレスト・プレートで無理やり押さえつけているけど、それでも御しきれず、柔肉が横からはみ出てぷるぷるしていた。


「…………すごい。すごいおっぱい」

「ルカ君? その発言は色々とどうなのかな?」

「ルカっち、エローい。やーい、思春期真っ盛りー」

「ルルーカは浅慮。あまりにも愚昧、そして暗愚。造形美の根幹というものをまったく理解しておらず、即物的な肉の塊に心魅かれるその感性は種族として呆れるほどに低次元と断言できる。これだから人間は無知蒙昧かつ言語道断かつ脳天爆散。やはり肉奴隷としてわたしが徹底的に教育せねば」


 思わず呟いてしまい、お姉さんたちから批難轟々。

 僕は「ち、ちが、違うんです!」とまったく違わない言い訳をする。

 そして当のロッテさん本人は「ほえー?」と目を丸くし、鎧をガチャガチャ言わせながらこっちへきた。


「少年神官君、アタシのおっぱいに興味あるのー。すごーい、新鮮ー、そんなこと言ってくれた人、生まれて初めてかもだよ~」

「え、生まれて初めて? や、そんなことないと思いますけど、ロッテさん……はおっぱいすごく大き――いえ、とてもスタイルがいいので」


 背後からお姉さんたちの視線――主にオリビアさんの怖い笑顔とセシルさんのジト目を感じ、慌てて言い直した。

 一方、ロッテさんはほわっとした感じでゆるーく笑う。


「ありがとー。剣ばっかり握ってるせいかなぁ、アタシ、まわりからぜんぜん女の子扱いしてもらえなくてー。いっつも部下に怖がられるか、上司に怒られるかばっかりなんだ。だから君……あ、名前なんだっけ?」

「ルカです。ルカ・グランドールといいます」

「じゃあ、ルー君だ。ルー君におっぱい褒められて嬉しいよ? ちょっと触ってみる?」

「えっ!?」


「あはは、冗談冗談」

「びっくりしました……」

「いくら小っちゃい子だからって、アタシも会ったばかりの男の子に直接おっぱい触らせてあげたりしないよ~。だからブレスト・プレートの上からねー?」

「へっ!?」


 ロッテさんは屈み込み、「はい、どーぞ~」と鎧からはみ出た下乳を持ち上げ、爆乳を差し出してくる。

 なんか普通に触っていいような雰囲気だった。もちろんブレスト・プレートの上からだと、たとえ触っても固い鎧の感触があるだけだろう。


 でも年上のお姉さんに触っていいと言われ、胸がある場所に触れる。

 その行為はひどく甘美な儀式のように思えた。


 い、い、いいのかな……?


 もちろんいいわけはないのだが、昨晩、オリビアさん相手にも感じた『恥をかかせてはいけない』という本能が目を覚まし始めていた。ブレスト・プレートの上からということも手伝って、心の天秤が傾きそうになる。


 そこへ背後から声が掛かった。

 オリビアさんだ。

 彼女は今までの咎めるようなものとは違う、ほんの少し拗ねたような響きで。



「……あんまり悪い子だと、私、キミのこと嫌いになっちゃうぞ?」



 一瞬で背中が垂直になった。

「ごめんなさい、すみません、悪い子になんてなりません! だからオリビアさん、嫌いにならないでーっ!」


 駆け寄って半泣きで懇願した。

 嫌だった。すごく嫌だった。それまでの誘惑なんて全部吹っ飛んでしまうくらい、オリビアさんに嫌われるのは絶対に嫌だった。


「もうしょうがいなぁ、ルカ君は。ふふふ」


 そばにいくと、頭を撫でてくれた。

 笑顔から怖さが消えていて、ご機嫌が直っているのが伝わってくる。心底ほっとした。


「うぅ、オリビアさーん……」

「ほらほら泣かないの。男の子でしょう?」


 ハンカチを出し、目元を拭ってくれる。

 その横ではネオンさんとセシルさんがなんとも言えない顔をしていた。


「……やべえな、王女様。スーパーおっぱいの誘惑からルカっちを一瞬でこっちに引き戻したよ。手際が良過ぎてさすがに怖いわ……」

「……王女という肩書は伊達ではないということか。オリビア・レイズ・ルドワール、なんという人心掌握術……人間にしておくには惜しい逸材」


 結論として、やっぱり王女様が最強だった。

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