第29話 西暦時代の影響はちょこちょこあります(主にカタカナ語とか)

「……ルルーカ、お前たちはまだわたしたちに話していないことあるね?」


 セシルさんからの問いかけに、僕はとっさに返事が出来なかった。

 大神官様も思案するようにあごひげを撫でている。他の神官や修道騎士も同じだ。皆、沈痛な表情で口を閉じている。


 セシルさんの推測は正しかった。

 僕を含めた聖シルト大神殿の面々は、聖女の皆さんにまだ告げていないことがある。


 そして眼前の軍勢はその真実に気づいている。

 だからこそ不干渉地帯に踏み込んできた。もう隠し立てすることは出来ないだろう。

 大神官様に視線で問いかけ、静かな頷きが返ってきたのを見て、僕は口を開いた。


「……セシルさんの言う通りです。オリビアさんとネオンさんも聞いて下さい。実は神託には裏の含意があって――」


 そうして僕が語り始めようとした直後だった。

 神官の一人が持っていた水晶球が突如輝いた。大神官様よりも少し若い、痩せた老神官様だ。皆に水晶球を見せ、慌てた様子で言う。


「四人目の聖女に付いている修道騎士からの連絡でございます! この輝きは……緊急の知らせのようです。すぐに交信を試みます!」


 状況が変わった。

 いや、おそらくはより切迫した状況になった。


「すみません、皆さん! この件はあとで必ずお話しますから!」


 僕はそう言い、再び手すりに身を乗り出す。

 望遠鏡を構えるのは軍勢のいる北東――ではなく、南東の方角。

 目を凝らしていると、先ほど『清めの間』にきてくれた修道騎士の一人が横にきて素早く教えてくれる。


「もう少し右、南南東の方角だ。最初の連絡では聖女は南南東の方角からこちらへ向かっていると言っていた」

「ありがとうございます。でも……駄目だ。見えません」

「望遠鏡で観測できるのは二十キロが精々だからな。神霊術を使った方がいいかもしれない」

「確かに。でも緊急なら僕が神聖術で直接向かった方がいいかも……っ」

「ちょっとー、なになに、ルカっちー。何が起きてんの? あとキロってなに?」


 ネオンさんが横からローブを引っ張ってきた。

 僕は南南東と水晶球を交互に見ながら早口で答える。


「キロっていうのは大陸歴以前――太古の西歴時代に使われてた単位です。神殿には太古の記録が多く残ってて、慣習的にキロ単位を使ってるんです。ルドワール王国で言うと、七十キセルがだいたい一キロに相当します」

「ほうほう、そんで?」

「今、この神殿の二方向にザビニア帝国の軍勢がいます」

「ん? 二方向? あっちにいるやつだけじゃなくて?」


「はい。一つはネオンさんの言う通り、あそこにいる北東の軍勢。もう一つは今僕が見ようとしていた南南東の軍勢です。そして……今日は四人目の聖女の方が到着する予定だったんです」

「聖女? あたしたちのお仲間ってこと?」

「ええ、でも……」


 僕の声は暗く沈み込む。


「聖女さんが向かってきている南南東には今言った通り、帝国の軍勢がいるんです」

「ルカ君、それは何かマズいことなの?」


 オリビアさんもそばにきて訊ねてくる。

 僕はローブの端をぎゅっと握り締めて答えた。


「もしも帝国の軍勢に見つかれば……聖女さんは捕らえられてしまうと思います。最悪、命を奪われてしまう可能性も……」

「は? 命を……? なんでさ?」


 ネオンさんが声を上げ、オリビアさんも驚いた顔をしている。

 ただ一人、セシルさんだけは『だろうね』という表情で腕を組んでいた。

 そして水晶球を持っていた老神官様が声を上げる。


「繋がりましたぞ! 大神官様、ルカも早くこちらへ……っ」


 呼び声に神殿の面々が老神官様のもとへ集まる。

 でも僕は手すりの上へ飛び乗り、背中の杖を手に取った。


「僕はこのまま聖女さんを助けにいきます! 正確な場所と状況を教えて下さい!」

「お、おお、分かった。――聞こえるか、修道騎士よ。お前たちの今いる場所を出来るだけ正確に――ん、なに?」


 緊張感が高まり、皆が注目するなかで老神官様は……一転、なんとも困った顔になった。


「あー……と、これはどうしたものか」

「? あの、とにかく場所と状況を!」

「いやそれがな、ルカよ……」


 老神官様は気まずそうに答えた。


「四人目の聖女――『奇跡の聖騎士』ロッテーシャ・クラウ殿は……たった今、この神殿に到着したそうだ」

「へ?」


 我ながらすごく間の抜けた声が出た。

 その直後、僕は神殿の階段に人影があることに気づいた。

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