第27話 朝になりました。頭がおっぱいでいっぱいです

 第三神殿の『清めの間』には泉が沸き出している。

 壁には神聖術による祝福が施されていて、僕たち神官は強い加護の力を受けながらここで身を清める。

 僕は薄絹の衣を着て、泉のなかで読書に没頭していた。


「雑念を、雑念を振り払うんだ……っ」


 手にしているのは防水処理を施した、『ルカの書』。

 神聖術の呪文を記述した、僕専用の秘蔵書だ。


 神聖術は世界を演劇に見立てて、物理法則を超えた奇跡を起こす。その呪文は術者それぞれが故事や神話を解釈し、書物に書き記すことで創造される。解釈によって術の完成度は変わり、また他人の創造した呪文では術を行使出来ない。


 泉の外にはそうして記した『ルカの書』が山のように積んである。

 呪文をより深く自らに刻むために秘蔵書を読むのは重要だ。でも泉に身を浸しながらやることではない。

 端的に言って、僕は迷走していた。自分でも分かっているけど止められない。


「十二巻、第五十六節『石は詰まれ、塔は伸び、やがて月の尾に差し掛からんと――おっぱい』。いや違う! 第五十七節『その夜、薄雲の隙間から塔へとおっぱいの雷が振り注ぎ――』、違う! 第五十八節『雷鳴のなか、オリビアさんがおっぱい触ってみる? って僕に訊いてきたという』、ぜんぜん違ーう! どうしちゃったんだ、僕はーっ!?」


 ばしゃんっ、と水面に頭から浸かった。

 ぜんぜん冷静になれない。どんなに集中しようとしても昨夜のことが頭を過ぎる。



 オリビアさん。おっぱい。オリビアさん。おっぱい。オリビアさん。おっぱい。



 その繰り返し。朝からこうして身を清めているのに、頭のなかはおっぱいでいっぱいだった。


「なんて冒涜的なんだ、僕は! 善神よ、冒涜的な我が身をお許し下さい……っ!」

 泉のなかで身を捩りながら頭を抱える。


 そうしていると、廊下の方から足音が響き、『清めの間』の扉が開いた。

 入ってきたのは軽鎧と剣を装備した、三人ほどの修道騎士。いずれも屈強な男の人たちだ。


「ルカ、こんなところにいたのか!」

「ひゃあ!? ごめんなさい! そうです、僕は悪魔の如き虫ケラ以下の冒涜的存在です! ごめんなさいごめんなさい、せめて虫ケラになれるように調理場の冷蔵箱の隙間で反省します!」


 開いた秘蔵書で顔を隠し、身を縮こませる。


「いや、そこまでは言っていないが……」


 僕の奇行と奇言に修道騎士たちは怪訝な顔する。しかしすぐにそんな場合ではないと思ったらしく、泉の外に畳んであった僕の服を手にした。


「大神官様がお呼びだ。服を着て、第一神殿へ急げ!」

「おじいちゃ――あ、いえ大神官様が? どうしたんですか、一体?」

「四人目の聖女がやってくる。先ほど水晶球で連絡があり、近くまできていることが分かった」

「えっ、本当ですか!」


 僕は慌てて泉から上がり、体も拭かずにローブを着始めようとする。

 すると三人のうち二人の修道騎士が「待て待て、急ぐのはいいが落ち着け」と横から体を拭いてくれた。神殿のみんなは僕を子供か孫かのように接してくれる。


「ルカ、そのままで聞くんだ。確かに四人目の聖女は近くまできている。だが大神官様がお呼びになっている理由はそれだけではない」

「? と言うと……?」


 着替え終わった僕へ、一緒に置いてあった聖杖を渡してくれながら、修道騎士は重苦しい表情で言った。


「聖女は……無事にこの神殿まで辿り着けないかもしれない」

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