第25話 ひとり反省会+1(オリビア視点)

 ルカ君の部屋を出たところで、私は盛大に頭を抱えた。


「ああ、何やってるのよ、私は……」


 ルカ君のために何かしたいと思っただけなのに、なんだか途方もない方向へ暴走してしまった気がする。

 違うの、あんなネオンみたいなことがしたかったわけじゃないの。

 私はただルカ君のためになるならと思って……っ。


 と、ひとりで煩悶していると、突然、真横から声が掛かった。


「いやはや、ヤバいね、王女様。幼気な男の子をガチ雰囲気で誘惑とか、さすがのあたしでもやりませんぜ?」

「うわ、ネオン!? いつからいたの!?」

「結構、序盤から。扉のこっち側で聞き耳立てたよん」


 隣りにネオンがいた。にやっと笑い、扉へ耳を当てる仕草をする。

 まったく油断も隙も無い。


「今日の王女様、なーんかいつもと違うなぁと思ってたんだよね。ひょっとしてなんか方向転換? ルカっちを守ってあげるって言ってたのに、さっきの王女様、むしろ悪いお姉さんが少年をたぶらかしてる感じビンビンだったよ?」

「う、それは……」

「ビンビンだったよ? ルカっちも今頃ビンビンかもね?」

「……ネオン、面白がってるでしょ?」

「いえす、めっちゃ面白がってる。そりゃもう全力で面白がらせて頂いてまッス」

「……明日の朝ご飯はニンジンのしっぽだけにしようかなー?」

「ごめん、謝る。セシルンばりの土下座で超謝る。だから明日は蜂蜜たっぷりのアップルパイにして下さい」

「逆にリクエストしてるじゃないの。まあ、作ってあげるけど」


 廊下の壁に寄りかかり、やれやれとため息。

 こちらを拝んで謝っていたネオンは顔を上げて苦笑する。


「ま、でも王女様の気持ちは分かるよ。ルカっちって、なんだかんだしっかりしてるからさ。そばにいると、どうしてもそういう気分・・・・・・になっちゃうよね」

「……まあね」


 セシルはどうか知らないが、私とネオンはお互いに感じるものがあった。

 宙を見上げ、ランタンの灯かりの下、ルカ君の姿を思い浮かべる。


 最初は確かに守ってあげたいと思っていた。

 でも彼は守られる側ではなく、守る側。保護対象ではない。そうなると途端に悪い虫が疼き始める。


 それはきっと突然出てきたものではなくて。

 結局、最初から心のなかにあったもので。

 ちゃんと認めなくてはならないものだ。


 私は呟く。

 心の隅にしまってあった、イタズラめいた願望を。


「ルカ君はきれい過ぎて……ちょっとだけ汚してあげたくなっちゃう。真っ白な雪を私の色に染めたくなってしまうの」


 ネオンが「だねー」と隣りで同意してくる。

 我が事ながら、まったく呆れるほどにひどい大人たちだ。


 でも実際、これがルカ君の悩みを解決する方法だと思う。

 きれい過ぎる彼は槍のような聖杖の姿を受け入れられない。

 ならば、その見方を少しだけ変えてやればいい。ほんの少しだけ、彼の理想を汚してあげるのだ。

 人間らしい、あるがままの欲求で。


「んむ、あたしは王女様の肩を持つよ。なんせあたしもルカっちに変な性癖植え付けたいしね!」

「それはやめときなさいよ」

「今の王女様に言われたくないにゃー。今夜のルカっち、絶対王女様のおっぱいで頭いっぱいだぜー?」

「そ、それについてはやり過ぎたって反省してるってば」

「本当かにゃー?」


 ニヤニヤとネオンは笑みを深める。


「さっきの王女様、今までと違って、ちょっと乙女入ってた気がするんだよねえ。まさかのまさか、昨夜、ピンチのところを助けられてルカっちに本気でラブっちゃったとか?」

「ば、馬鹿言わないの」


 ペシッとネオンの頭を叩く。

 そして極めてそっけなく、とっとと歩きだす。


 ……いくらなんでも、そんなことあるわけない。なんだかんだ言っても、彼はまだ子供だ。いくら素直で真面目で、からかい甲斐があって、でもいざという時には頼りになって力になりたいと心底思わせるような子だからって……。


「ないない。あり得ないよ」


 足音高く歩きながら私は大きく首を振った。

 それはもう全力で。

 ネオンを置いていきながら、自分の気持ちも置いていくように。

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