第24話 結論:オリビアさんは可愛い

「オリビアさん、ひょっとして……緊張してますか?」

「な――っ」


 手がおっぱいへ向かっていく途中、僕が発した一言で、オリビアさんの頬が一瞬で赤くなった。

 いつも余裕いっぱいの彼女とは思えないような変化だった。

 思わず僕が目を瞬くと、オリビアさんは誤魔化すようにムッと怒った顔をする。

 でもまだ頬が赤くて、そのせいでなんというか……可愛い。


「そ、そんな一言で主導権を握れるつもりなのかな、キミは?」

「いえ、主導権とかそんなつもりはないですけど……」

「しょうがないでしょう? 私だってちょっとはドキドキしちゃうよ。ルカ君には昨夜あんな格好良いところ見せられちゃったし、それにこれは……真面目なやつだし」


 ふいっと拗ねたように視線を逸らす。

 その表情がまた……可愛かった。年上のお姉さんに使う言葉じゃないのかもしれないけど、それでもやっぱり可愛かった。


 同時に胸のなかにおかしな使命感が湧いてくる。

 まるで本能のように自然に、そして逆らい難い強さで。

 ……恥をかかせちゃいけない。

 そう強く感じた。


「で、ルカ君は触りたくないの? ……私のおっぱい」


 拗ねた表情のまま、どこか一抹の哀しみを秘めた囁き。

 冒涜的という思いは今もそこにあって、言葉では答えられない。でも恥をかかせちゃいけないという思いも同じくらいに強くて。


「…………」


 僕はほんの少しだけ手に力を込めた。

 オリビアさんの手に誘われるのではなく、他ならぬ僕自身の意思で、二人の手が胸へと近づき始める。


「……!」


 オリビアさんもその変化に気づき、ピクッと表情が動いた。

 でも言葉は発さない。

 僕も口を開かない。いや開けない。


 二人の手は進んでいく。


 オリビアさんの胸は呼吸で浅く上下していた。

 大きな果実のような曲線が揺れ、僕の手を待っている。


 音のないベッドの上で、手は近づいていく。


 ゆっくり。

 ゆっくり。

 ゆっくりと進み、そして――。


「はい、ここまで!」


 オリビアさんがいきなり立ち上がった。

 突然のことに僕は「え? え?」とついていけない。

 その間に彼女はすたすたと扉へ向かってしまう。

 ブロンドの隙間から覗く耳は、やっぱり紅葉のように赤い。


「今日のお姉さんのレクチャーはここまで。いきなりおっぱいにタッチ出来ると思った? 残念だけど、そう簡単にはいかかないよ? だから今日はここまで。続きは次回!」

「ぼ、僕……何か間違えちゃいましたか? とても悪いことをしちゃいましたか?」

「う……っ」


 一気に不安が溢れてきて、捨てられた子犬のように訊ねると、オリビアさんは罪悪感いっぱいの声でうめいた。

 足を止め、振り向く。


「……ち、違うよ。ルカ君は悪くないの。どちらかと言うと、私のせいというか……寸前で怖気づいたちゃったっていうか……あ、待って。今のはナシ。年上のお姉さんとして、やっぱりそんなの認めたくない。というわけで……」


 オリビアさんはビシッと指を突きつけた。


「ごめん、やっぱり悪いのはルカ君です! ルカ君は悪魔の如き悪者です!」

「悪魔の如き悪者ーっ!? つまりは虫ケラ以下の下等生物!? ど、どうすれば!? 僕は一体、どうすればいいんですかーっ!?」

「ん、んー……そうね、たとえばおっぱいを触る時はもっと強気に、とか?」

「よく分かりません!」


 オリビアさんは腕を組み、あごに手を添えて考える。


「や、つまり……私の好きな娯楽本でいうと、こう、たとえばヒロインが敵に囲まれるじゃない? その大ピンチのところにルカ君が駆けつけてきて、ビシッと言うのよ。『俺の女に手を出すな!』みたいな格好良いセリフを。そこまでされたら、もう触らせてあげちゃうしかないってなるかな、うん」


 すごくワケが分からなかった。

 僕はベッドの上で思いきり項垂れる。


「僕、自分のこと『俺』なんて言いませんし、そもそもなんの話なんですか、それ……」

「ごめん、私もよく分かんなくなってきちゃった」


 可愛らしく舌を出す、オリビアさん。


「でもね、今のルカ君に必要なのはきっとこういうことだよ。こういうことの先で、その杖を受け入れられるようになると思うの。だから……また頑張ろうね?」


 早口で言って、小さく手を振り、彼女はさっと部屋から出ていった。

 残された僕は呆然とするばかりだ。


「より一層分からなくなっちゃんですが……。なんでオリビアさんのおっぱい触ろうとすると聖杖を受け入れられるようになるんですか? や、それよりも『また頑張ろうね』って、またって……っ」


 たぶん、今日は寝れない。

 絶対、眠れない。

 そんな確信を抱え、僕はベッドの上で頭を抱えたのだった……。


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