第18話 悪魔って人権ないから何してもいいよね?
悪魔が放った魔導の風は、ルカ君の神聖術によって私たちを素通りした。
ルカ君は悪魔に肉薄し、杖の一撃を打ち放つ。
「『ぐ……っ!?』」
爪を伸ばしてかろうじて受け止め、悪魔は苦悶の表情を浮かべた。
「『あ、あり得ん! ただの転術ですら人間には至難の業、使えるのは大神官クラスのごく一部に限られるはずだ! それを貴様のような子供が使い、あまつさえ空間操作という超高位術式を成功させたというのか!? そんな馬鹿なことがあってたまるか……っ!』」
「あー、どうも発言がちぐはぐだと思ったら……お前、まだ僕のこと知らないな?」
杖から片手が離れ、悪魔の眼前にかざされた。
「神聖転術! 詠唱、六十巻第七節『孕み、膨れ、裂けろ』」
「『ぎぃ!? ああああああああっ!?』」
まるで体内から何かの生き物が飛び出そうとしているかのように、悪魔の全身が膨れ上がった。
体が炎のようなことも輪郭が曖昧なことも関係なく、引き裂かれるような痛みを悪魔に与えている。
ルカ君は軽くバックステップし、こちらへ振り向いた。
「オリビアさん、見て見て! 今の悪魔の顔、破裂寸前のカエルみたいで面白いっ。あ、そんなこと言ったらカエルに悪いか。反省します」
「えっと……う、うん。そうね。程々にね?」
ルカ君の笑顔は大変キラキラしている。
が、どことなくアリの巣穴を埋める子供のような無邪気さが含まれていて、末恐ろしい。
しかも相手はアリではなく、さっきまで邪悪の限りを尽くしていた悪魔だ。
私、なんだか途方もない子を気軽にからかっていたのかも……。
私が難しい顔をしている一方、ルカ君は苦しむ悪魔を視界に収める。
「さてと。傲慢の悪魔ルキフェル。そろそろ僕のことを知った方がいいよ? お前はオリビアさんの記憶を読み取れるだろう? だったら記憶を探ってみろ。僕の名はルカ・グランドールだ」
「『ああああああ、るカ? ぐらンどール? あああああああっ!?』」
「そうだよ。ほら、よく見てみろ」
ヒントだと言うように、杖の先端がすっとかざされた。
そこには幾何学的な細工と共に宝石のような美しい石が嵌め込まれている。
それを目にした途端、悪魔の赤い眼窩が限界まで見開かれた。
「『ああああ、まさかその杖は!? ぜ、善神が人間に与えた――あの神器かぁぁぁ!?』」
「そうだ。この杖は善神からもたらされた
呼応するように宝石が光を放つ。
今までの星のような光ではなく、星雲のような膨大な光の渦だった。
それは翼のように広がり、大きな刃と化した。
現れた形状は槍。
神から与えられた聖なる杖は、魔を討つための槍と化した。
「『あ、あああ、あああああっ! なんということだ……っ』」
事ここに至って、悪魔の様相は一変した。
声から一切の余裕が無くなり、残ったものは深い嘆き。
「『分かった、気づいた、理解した! ルカ・グランドール。若くして神殿のすべての神聖術を会得した、天才児! 聖杖を持つ、特一級神官! そういうことか……っ。貴様が神託の子――伝承の顕現者か!』」
「伝承……?」
眩い輝きのなか、私の呟きにルカ君が答える。
「この大陸にはずっと言い伝えられてきた、古い伝承があるんです」
それは『
大神殿や魔法同盟、古老戦士ギルドに伝えられている、古の伝承。
大陸には魔獣、魔人、悪魔、魔王など、悪神の尖兵が潜んでいる。
善神シルトは生きとし生けるものを悪神の尖兵から守るため、神与の武器をもたらした。
名を善神の
その聖剣によって、強大なる魔王は勇者が倒す。
その聖杖によって、すべての悪魔は神官が祓う。
魔人と魔獣にも対応する神器があり、いずれ『
「『だが我の知る限り、千年以上に渡って、神官の伝承を体現する者は現れなかった! だというのに……っ』」
「そうさ。やっと理解したみたいだね、傲慢の悪魔ルキフェル。もうお前が幅を利かせていた、ジーナの時代とは違うんだよ。なぜなら」
神の槍がさらに輝き、星の光が集う。
「千年の時を経て、人間のなかに僕が生まれた。悪魔の時代は終わりを告げる!」
ルカ君は槍を突き出すべく、柄を強く握り締めた。
その瞬間、悪魔はヤケを起こしたように自分の体に手を掛けた。
「『おのれえええっ! よもや今になって我ら悪魔の天敵が生まれようとは! しかしこんなところで! こんなところで消えてなるものかぁぁぁぁぁッ!』」
恐ろしいことに悪魔は自らの首を引き千切った。
それを決死の形相で投げつける。
ルカ君にではない。首の向かう方向にいるのは――私!?
「『オリビア! 貴様の魂を喰わせろ! 伝承の顕現者から逃げのびるには、もはや
「い、嫌ぁっ!?」
「――させないよ」
パチンッとルカ君が指を鳴らした。
その瞬間、何もない空間から無数の鎖が現れ、悪魔の首を絡め取った。
「『なっ!? 無詠唱発動だと……っ!?』」
「神聖術の発動には呪文として『演劇になぞらえた寓話』をそらんじる必要がある。呪文を唱える暇もなく襲い掛かれば、オリビアさんに届くと思ったんだろ? でも、そうはいかないよ」
「『馬鹿な……っ。いくら伝承の顕現者といえど、エルフでもないのに無詠唱などできるはずが……っ』」
「そのエルフのお姉さんに教えてもらったんだよ。ついさっきだけどね?」
鎖に絡め取られ、悪魔の首は床に叩きつけられた。
粉塵のなかで汚れ、転がっていく。
「『おのれ、おのれ、おのれ、ルカ・グランドール……っ』」
「本当、口が減らないね、悪魔ってやつは」
憎々しげに唸る悪魔を見下ろし、ルカ君は涼しげに笑む。
真っ白なローブを翻す少年と、泥まみれになった首だけの悪魔。
どちらに軍配が上がったかは明らかだった。
ルカ君の完全な勝利だ。
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