第8話 踊り子さんはエグいリクエストにもお応えする(らしい)

「ひーまー! なんもやることないからひーまー。遊ぼうよ、ルカっちー」


 年上のお姉さんが隣でダダをこねている。

 おかげでテーブルの上の秘蔵書が散乱しそうだ。

 昼過ぎの書庫で、僕は慌てて本を守る。


「ああ、暴れないでっ。ここにあるのは国宝クラスの貴重な本ばかりなんです! ページにシワが出来ちゃいますから! 手が空いてるのならオリビアさんを手伝ってあげて下さいよ。炊事とか洗濯とか仕事は色々あるんですからっ」

「えー、やだよ、王女様と一緒に仕事するなんて。なんかヘマして監獄行きとかにされたらどうすんのさ?」


 ネオンさんの酒場はルドワール王国の城下町にある。彼女にとってオリビアさんは自国の王女なのだ。


「監獄行きになんてしませんよ、オリビアさんは」

「なんだよ、ルカっちー。最初はお客さん扱いしてくれたのにさー。もっと丁寧にもてなせよー」

「ダメです。ネオンさんは甘やかすと調子に乗るってこの三日間で学びました。だから厳しくします。働いて下さい。『働かざる者、善神の加護を乞うべからず』です」

「そんな格言、聞いたことないにゃー」

「僕が今考えました」

「うっわ、捏造だ。嘘つき神官だ」

「嘘も方便です。神官には民を導く役目もありますから」


 椅子の上で胸を張る。

 するとネオンさんは頬杖をついて苦笑した。


「ご立派だねー。さすがは大陸中に名を馳せる天才少年ってとこかな」

「そ、そんなことは……」

「いやいや、お噂はかねがね聞いてますぜ、旦那?」


 特一級神官ルカ・グランドール。

 自分ではあんまり自覚がないけれど、僕の名前は大陸中の人が知っている……らしい。

 理由は色々あって。



 たとえば、子供のうちに高位神聖術の数々を修めることができたこと。


 たとえば、古来より聖シルト大神殿に伝わっていた『杖』の継承者であること。


 たとえば、高位悪魔の悪魔祓いを何度か単独で成功させたこと。



 大神官様たちは折に触れて僕のことを世の中に公表している。

 いわば、神殿の広告塔のようなものらしい。

 だからネオンさんのような一般人の場合、悪魔のことは半信半疑でも僕については知っている……ということがあるそうだ。


「でもねー、天才少年」

 ネオンさんはどこか気だるそうに呟く。こぼれるような流し目で。


「あんまり生真面目に生きてると、潰しの効かない大人になっちゃうぞ?」


 ジャラ、とブレスレットが音を鳴らし、細い指が僕の頬を軽く突いた。

 いつもの悪ふざけだと思い、少し背中を逸らせて避ける。


「? どういう意味ですか、潰しの効かない大人になっちゃうって」

「まだ分かんないかぁ。ま、そうだよね」

「む。ひょっとして僕、今、ネオンさんに子供扱いされてます?」

「してるよー。メチャクチャしてるよー? なに、怒った?」

「こんなことで怒ったりしません。僕はまだ成人前だから、子供扱いされるのは当たり前です。ただし」

「ただし?」

「子供を子供扱いしていいのは、ちゃんと働いてる大人です」


 さあどうだ、と視線を強める。別に子供扱いされるのはいい。それよりもこうして言いくるめてちゃんと働いてもらおうと思った。額に汗して働いた方がきっとネオンさんのためにもなると思う。しかし。


「おー、言うねえ。お姉さん、こりゃ一本取られた」

 ネオンさんは楽しそうに笑って聞き流す。

 こっちの小言など、どこ吹く風といった様子だった。思わず肩から力が抜ける。


「もう、どうしてネオンさんはそう怠け者なんですか……」

「別に怠けてないよぉ? ほら、あたしって踊り子じゃん? あたしにとっての仕事は誰かに見てもらうことなわけさ」

「むむ、なるほど……」


 そう言われると、ちょっと正論のような気がした。

 職業に誇りを持つのは正しいことだ。門外漢の僕が横やりを入れる方が間違っている気がする。


「……僕が浅はかだったかもしれません。ごめんなさい、ネオンさん」

「うむうむ、分かってくれたかね、ルカっち」

「何か僕に出来ることはありませんか? もしも踊るための舞台とかが必要なら、神聖術で作れるかもしれませんし」

「お? 本当? 舞台とまでは言わないけど、頼んだらなんでもしてくれる?」

「はい! ネオンさんが働いてくれるなら僕はなんでもします!」

「微妙にまだ怠け者扱いしてる匂いがあるけど、よろしい。ではルカっちにしか出来ないスペシャルな手助けをお願いしちゃおう!」

「どうぞ、なんなりと! それで僕は何をすればいいですかっ?」


 勢い込んで訊ねると、くす、とネオンさんの唇から笑みがこぼれた。

 巨乳を強調するように腕で持ち上げ、あろうことか胸布をしゅるりと解く。

 腰をくねらせてしなを作り、片目を瞑って、彼女は煽情的に言った。



「あたしをいーっぱい見て♪」



「はいっ!?」

 椅子を揺らして仰け反った。

 ネオンさんがしなやかに手を伸ばし、僕のあごをくいっと持ち上げる。


「ほら、ちゃんと見てってば。舞台から目を逸らすのは踊り子さんに失礼だぞー?」

「や、でもここ舞台じゃないですし……っ」

「ふふん、場所がどこだろうと、あたしがいるところこそが舞台なのさ」

「得意げにそんなこと言われても……っ」


 ネオンさんは決め顔をしつつ、空いた手でしっかりと胸を持ち上げている。

 薄い布がたわんでしまい、巨乳が今にもこぼれそうだった。

 透明なヴェール越しに、くびれた腰が見え、ほっそりとしたヘソが存在を主張している。


「ほれほれ、ルカっちはどんなポーズがお好みかにゃー? 今なら大サービス! お姉さん、結構エグいリクエストでもお応えしちゃうぞ?」

「リクエストとかないですから、なんでいきなりそんなこと言うんですか……っ」

「いきなりじゃないよぉ? 初日にも言ったじゃん? 噂の天才少年に呼ばれたのが踊り子的にグッときたって」


 ネオンさん曰く、酒場の仕事は賑やかで楽しいらしい。しかしお客さんはもれなく酔っ払いで、ロクな男がいない。

 そんな時に修道騎士がやってきて、『あのルカ・グランドールがあなたを待っている』という。

 そして、いざ実際にきてみると……。

「ルカっちってば、あたしの周囲にはまったくいない、素晴らしく優等生な男の子じゃん? この三日、一緒に過ごしてきて、あたしは心から思ったのさ」

 ネオンさんはキランッと瞳を輝かせて言い切る。



「あたしの踊り子の魅力で、この子に――変な性癖を植え付けたい!」



「なに堂々ととんでもないこと言ってるんですかーっ!?」

 もう本当に正気を疑いたくなるような発言だった。

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