第7話 A、B、C、D……Gカップ、おっぱいはこわくない
「うーん、どう説明するのが一番伝わりやすいのかなぁ……」
オリビアさんたちと暮らし始めて三日目。
僕は神殿が所蔵している秘蔵書を何冊もテーブルに積み重ね、頭を悩ませている。
場所はグランドール小神殿の書庫。
開放的な窓からは暖かい陽が差し、秘蔵書の収まった本棚の列を照らしている。
「どうにかして、オリビアさんたちに悪魔の危険性をわかってもらわないと……」
どうにか生活自体は慣れてきた。
女の人と暮らすなんて最初はどうなることかと思ったけど、初日の夕飯同様、オリビアさんが率先して洗濯や炊事を手伝ってくれて、なんとか様になっている。
僕も神官修行の一環で一通りの家事はできるけど、たとえば女の人の下着なんてどう扱っていいのか分からないし、オリビアさんの助けはとてもありがたかった。
「まあ、どう考えても王女様にやってもらうことじゃないんだけどね……」
そう言うと、オリビアさんには必ず『はいはい、気にしないの』と一笑されてしまう。
そんなこんなで生活は成り立っているので、やはり問題なのは、肝心の悪魔祓いにまったく進展がないことだった。
「悪魔を見たことがない人に悪魔を理解してもらうにはどうしたらいいか。それが問題なんだ……」
大陸には『
そのなかでも悪魔は最も捉えどころがない。
たとえば魔獣であれば、巨大な獣の姿をしていることが多くて、誰でも一目で危険なものだと理解できる。
だけど悪魔はそうはいかないのだ。
悪魔は物理的な存在ではない。目には見えず、触れることもできず、存在自体が現象に近い。
ここ聖シルト大神殿には地方の神殿で祓いきれなかった重度の悪魔憑きの被害者がやってくる。
悪魔祓いはもう何度もやっているけれど、僕も最初の頃はなかなか目の前のことに頭がついていかなかった。
加えて、悪魔を含めた『
魔獣ならまだしも悪魔や魔人についてはお伽噺の存在だと思っている人がほとんどだ。
王女であるオリビアさんですらピンときていないようだし、ネオンさんに至っては初日に『悪魔って想像上の生き物じゃなかった?』と言っていた。理解してもらうのはなかなか難しい。
「やっぱり過去に悪魔が出現した時の実例……それも七大悪魔のものを挙げて説明してみた方がいいかな? うーん、でもあんまり恐ろしい話をして、皆さんを不安にさせるのも悪いし……」
手元の秘蔵書をめくりながら思い悩む。
そうしていると、ふいに背後から声がした。
「およよ? ルカっち、お勉強中? なんか難しそうな本だねー」
僕のことを『ルカっち』と呼ぶ相手はひとりだけだ。
なので「ネオンさん?」と振り向こうとした。しかし直前で両目を手で覆われる。
「へへ、だーれだ?」
「いやもう分かってますよ……? 名前も呼びましたし」
どうしたものか、と眉を寄せた、その直後だ。
ふにゅん、と後頭部に柔らかいものが当たった。
「ふぁ……っ!?」
「ふふふ」
背後からイタズラっぽい声。
「なーんだ?」
「や、だからネオンさんですよね!?」
「違う違う、ルカっち。それは『だーれだ?』の答えでしょ? あたしは今ね、『なーんだ?』って訊いたんだぞ?」
ふにゅん、ふにゅん、と押しつけられる。
リズミカルに押しつけられる。
まるで軽やかな音楽でも流れているかのように、柔らかいものが後頭部で踊っている。
「さあて、ルカっちの頭でぷにぷにしてるのはなーんだ? ヒントは『お』で始まって小さい『つ』がついて、そんで『ぱ』がきて、最後が『い』だよん。というわけで正解はおっぱ――」
「冒涜的でーす!」
椅子から転げ落ちるように逃げ出した。テーブルの下へ避難し、ローブを被ってぶるぶる震える。
そんな反応にわざとらしく驚いたふりをするのは、言わずと知れたネオン・メルベーユさん。踊り子のお姉さんである。
「わお、小動物みたい。もー、ルカっち、そういう初々しい反応、本当可愛いにゃー」
「変なことしないで下さい、ネオンさん! 僕はこの世界を見守る善神シルトに仕える神官なんです! 『清く正しく勤勉に』が神官の精神なんです!」
「ごめんごめん、もうからかったりしないから出ておいで? ほら、怖くない怖くない」
テーブルの下を覗き込み、それこそ小動物相手のような口調で手招きしてくる。
金色のイヤリングやブレスレットがきらきらと光っていて、相変わらず露出度の高い踊り子の衣装である。
手招きする度、重力で三割増しになった双丘がたゆんたゆんっと揺れていた。
無防備過ぎて、もう見るだけで冒涜的な気がする。
出来るだけネオンさんの胸から視線を逸らしつつ、おずおずとテーブルから這い出した。
「なんか僕、皆さんがきてからどんどん善神の教えに反してる気がします……」
「まあまあ、いいじゃん? 今から踊り子のお姉さんに慣れとけば、大人になってから酒場で無双できるよ、きっと」
「僕、神官だから酒場とかいかないです」
「え、いかないの? それ、人生の十割損してるよ!?」
「人生って十割、酒場と踊り子さんなんですか!?」
「もち。人間の一生なんて死ぬまでの暇つぶしっしょ? だったら面白可笑しく生きたモン勝ちだよ」
いえい、とネオンさんは無意味にポーズをつける。
僕は「その考え方はどうなんでしょうか……」とげんなりしてしまう。
この三日、折に触れて感じていることがある。
ネオンさんは……色々と途方もない。考え方が刹那的過ぎて、ぜんぜん理解できない。
神殿育ちの僕にとって、酒場の踊り子さんは王女様以上に理解不能な存在だった。
ただ、ネオンさんの態度があまりにざっくばらん過ぎて、僕もつられていつの間にか遠慮が無くなっている。今、神殿にいる三人の聖女さんのなかで、僕が一番緊張しないのはこのネオンさんかもしれない。
「ほれほれ、座りなよ。お勉強中だったんでしょ? 真面目にやんないと、あたしみたいな大人になっちゃうぞ、少年」
「ツッコミどころが多過ぎて、もうなんて言ったらいいか分かんないです」
ため息をつきながら椅子に座り直す。
すると、ネオンさんもしれっと隣に座ってきた。
「……あの、なんで隣に?」
「監視。ルカっちが真面目にお勉強してるか、あたしが厳しく監視してあげるぜ」
キラッと瞳を輝かせて言ってくる。
再度ため息。
「……そうですか。で、本音は?」
「ひーまー! なんもやることないからひーまー。遊ぼうよ、ルカっちー」
ネオンさんはテーブルに上半身を乗り出し、手足をばたばたさせる。
年上のお姉さんなのに子供みたいだった。
……なんかもう色々邪魔される予感しかしない。
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