第4話 冒険は始まらない! ハーレム神殿生活は始まった!

 大神官様は咳払いし、僕たちを見回した。


「さて、そろそろ本題に入らせてもらおうかの。王女殿下、よろしいかな?」

「ん、どうぞ? ルカ君が可愛いからつい調子に乗っちゃった。続けて、大神官さん」

「ルカももう少し落ち着きを持ちなさい。あと儂の存在を蔑ろにせんように。実力はともかく一応、儂、お前の上役じゃぞ?」

「本当、ごめんなさいでした……」


 僕は平謝りし、大神官様は布告書を皆に示した。

 神殿が大陸中に出した布告書だ。聖女の皆さんへの説明が再開される。



「この度、聖女の諸君らに参じてもらったのは、そこの神官ルカが諸君らの悪魔祓いをするためじゃ」



 先日、この大神殿に善神シルトからの神託がもたらされた。

 季節外れの嵐の夜、一際大きな雷が落ちた時、大神官様と複数の神官たちが善神からのお告げを聞いたのだ。

 曰く。



 ――悪しき闇が再び大地に産声を上げた。

   其は七つの大罪を司る、七つの悪魔。

   悪魔たちはすでに聖女たちの魂を見据えている。

   幼き雛鳥よ、聖女を清めよ。

   七柱の聖女が堕ちる時、大地の平和は失われるだろう――



 夜が明けると、神殿は上へ下への大騒ぎになった。

 元々、悪魔の暗躍は神殿の最も憂いていることである。

 僕と大神官様たちは総出で書物を当たり、『大罪』や『七柱』などの単語から神託の意味するところを解読した。

 同時に聖女の捜索も開始し、神託の含意に沿って見つけ出したのがオリビアさん、ネオンさん、セシルさんだ。


「諸君らは王女、踊り子、エルフ――それぞれに職や役目があり、それぞれの人生を生きてきた。ある日突然、神殿の修道騎士がやってきて『聖女』だと告げられ、さぞ面食らったことだろう。だが聖シルト大神殿の大神官として断言する。諸君らは、善神に選ばれし聖女である」


 そして、と大神官様は告げた。



「諸君らには今、恐るべき悪魔が取り憑いておる。これを祓わねば、大陸は闇に包まれてしまうのだ」



 厳かな声は朗々と響き続ける。


「しかし恐れることはない。善神は神託のなかで道を指し示している。『幼き雛鳥よ、聖女を清めよ』。この『幼き雛鳥』とは――」

「僕のことですっ」


 僕は祭壇のところまで駆けていき、オリビアさんたちの方を振り返る。


「嵐の夜、僕は善神から直接神託を頂きました。聖なる杖を用い、聖女たちを守るのだ、と」


 僕たち神殿勢力の見解はこうだ。

 神託は大陸の平和が脅かされる可能性を示している。

 きっかけは聖女たちが堕ちる――すなわち悪魔に魂を奪われてしまうことだろう。

 古来より悪魔は人々の魂を奪い、恐るべき惨劇を生み出す。


 それを阻む役目を与えられたのが僕、ルカ・グランドール。

 大陸の平和を守るため、聖女の皆さんたちに取り憑いた悪魔を僕が祓う。

 そのためにオリビアさんたちには聖シルト大神殿にきてもらった。

 布告書を閉じ、大神官様は言う。


「七柱という言葉が示す通り、聖女は七人いる。いずれ残りの聖女たちもここに到着するじゃろう」

「まだ皆さんには取り憑かれているという実感はないかもしれませんが、悪魔は次第に力を強めていきます。夜を重ねるうち、いずれ目覚めるかもしれません。でも安心して下さい。皆さんに取り憑いた悪魔は、僕が必ず祓います!」


 背中の杖を手に取り、僕は決意の言葉と共に、末端で床をトンッと叩いた。

 同時に、神官が使う聖なる術――神聖術を行使。

 杖の末端から波紋のような光が広がり、『祭壇の間』の壁を透き通らせた。

 神聖術とは善神シルトの加護を力とし、この世に奇跡を顕現する術だ。

 それによって透過された壁の向こうには、小高い丘と小さな神殿が見える。


「あれは今回の悪魔祓いのため、儂らが新たに建立した神殿。その名もグランドール小神殿じゃ」

「あそこでは僕の力が何倍にも増幅されます。どんな悪魔にだって絶対に負けません」


 大神官と特一級神官は得意げに胸を張る。

 一通りの説明を聞き、オリビアさんたちは互いに顔を見合わせた。


「んー、まあ悪魔祓いとかは正直どうでもいいんだよね。私、水晶球で見たルカ君が気に入ったからきただけだし」

「えっ」


「あー、あたしもあたしも。悪魔とか言われても、ぶっちゃけビミョー。ってか、悪魔って想像上の生き物じゃなかったっけ、みたいな? 実際、あたしもここにきた理由は『噂の天才少年に呼ばれた』ってのが踊り子的にグッときたからなんだよねー」

「ええっ」


「……エルフとして善神には逆らえないからきただけ。で、ルールカが可愛かったからまだいるだけ。本当なら神殿に入った時点で義理は果たしてる。なんなら回れ右して帰ってもよかった」

「ええっ!?」


 由々しき事態だった。確実な悪魔祓いには、取り憑かれている本人が悪魔を退けたいと願い、神官と心を一つにする必要がある。

 でもオリビアさんたちには危機感がまったくない。もちろん悪魔に関する認識が薄いことは想定していたけど、まさかここまでとは完全に想定外だった。これではきっと悪魔を祓えない。

 大神官様が難しい顔であごひげを撫でる。


「うーむ、聖女たちの様子を見ていて嫌な予感はしていたが……致し方ないのう。ではこうしよう」


 ぽんっと背中を軽く押された。僕は「え?」とたたらを踏み、オリビアさんの方へよろける。

 そして大神官様は言った。



「これからしばくの間、ルカと聖女諸君にはグランドール小神殿にて日々の寝食を共にしてもらう」



「は!? 大神官様、なんで!?」

「今回の悪魔祓いには神官と聖女が心を一つにせねばならん。なれば、共に暮らし、過ごし、互いを知ることが肝要じゃろうて」

「でも僕、一応年頃の男の子だし! オリビアさんたちは若い女の人だし!」

「なんの問題もないよ?」


 軽やかな了承と共に、オリビアさんにトンッと体を受け止められた。一瞬、ドレスの両腕にぎゅっと抱き締められる。ほのかな柔らかさを感じて、全身が硬直した。


「あたしも王女様に賛成ーっ!」

「……一度、子犬を飼ってみたかった。しばらくなら付き合う」


 ネオンさんとセシルさんも快諾だった。「や、でも……っ」とまだ抵抗しようとしたが、オリビアさんにそっと言われた。


「やったね、ルカ君。こんなの、王族でもないと味わえないよ?」

「こんなのって……ど、どういうことですか?」

「だから……」

 耳元で吐息と共に囁かれる。



「お姉さんたちを囲ったハーレム生活♪」



 ハーレム。

 その単語は一応、歴史書からの知識で知っている。だがよもや日常生活の、しかも神殿のなかで耳にすることがあるとは思わなかった。だからもう心の底から叫ぶ。



「ぼ、冒涜的でーす!」



 その絶叫は神殿の空高くまで響いていった。

 かくして神官と聖女、少年と年上のお姉さんたちの――ハーレム神殿生活が始まった。

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