第3話 王女と踊り子とエルフと、それから僕

「ちなみに職業は酒場の踊り子だよん♪」


 ネオンさんがそう言いながら出てきた途端、僕は「……っ!?」と絶句した。

 とんでもなくエッチな格好だった。


 金色のイヤリングやブレスレットが光り、ヴェールのついた薄い布で胸元と腰だけを覆っている。

 大きな胸は谷間がくっきりと見え、ヘソも思いっきり露出していた。

 たぶん踊り子の衣装なのだと思う。そういう職業があることは僕も知識としては知っている。

 でも実際、目の当たりにすると……もう目のやり場がない。


「ネオンさんっ。あの、ふ、服っ、服を……っ。僕のローブをお貸ししますから羽織って下さい。今すぐに!」

「おやおやぁ? ルカっちはこういうのはお嫌いかにゃー?」

「ル、ルカっち? いやとにかく嫌いとかそういうのではなくて……っ。ここは神殿なので節度ある格好をして頂きたいですっ」

「およ? だったらいいじゃーん? 踊り子のあたしにはこの衣装が正装だもん。ちゃんと節度ある格好ッスよ? ほらほらよく見てー?」


 衣装を見せつける感じで、ネオンさんは自分の下乳をふにぃっと持ち上げてみせた。

 間近に谷間が迫り、僕は真っ赤になって飛び退く。


「い、いけません! そんなの善神の教えに反します。なんていうか、冒涜的です!」

「あはっ、ルカっち可愛いにゃー♪」

「あら、私は逃げられちゃった」


 飛び退いたおかげでオリビアさんに挟まれていた頬も解放された。

 楽しそうなネオンさんとちょっと残念そうなオリビアさん。

 二人から距離を取ろうと、僕は後退る。


「い、色々僕の理解を越えてる……っ。理解を越え過ぎてるよ……っ!」


 これが若い女性というものなんだろうか。だとすれば由々しきことだ。

 世の節度は圧倒的に乱れている。

 清廉を旨とする善神の教えは地に落ち、大陸は暗黒と混沌に飲まれようとしている……っ。

 

 そして『祭壇の間』にはあと一人、聖女がいた。

 まさか……、と僕は視線を向ける。しかし、


「……騒々しい。これだから『森』の外に出るのは嫌だった。善神の神託だと言われなければ、わたしはこんな場所にはこなかった」


 三人目の聖女さんは僕には目もくれず、凛と立っていた。

 声は小さく、表情もあまり動かない。


 着ているのは羽飾りの付いた、民族衣装のような服。

 身長は僕よりは高く、オリビアさんとネオンさんよりは低いぐらい。手足や体が細く、顔立ちは彫刻のように整っている。

 なかでも何より目立つのは、その耳。


「……人間を見ていると、うんざりする。なんて下等な種族なのかと」


 彼女の耳は細く尖っていた。


「も、もしかしてあなたは……」


 神殿の大書庫の書物で読んだことがある。

 滅多に人里には現れない、精霊に近い高等種族が大陸の奥地にいると。その種族はひとりひとりが芸術品のように美しく、特徴的な耳をしていると。

 本の通りだ、と僕は目を見開く。女性は視線だけをちらりと向けて、肯定した。


「……正解。わたしはエルフ。名はセシル。ファミリーネームはないから仮にセシル・エルフズとでも名乗ろうか。……エルフたるわたしはお前たち人間などより遥かに上位の種族。敬うがいい」

「か、感動です! まさかエルフの方に会えるなんて!」


 神殿には大陸各地の記録が集められている。

 でもエルフとの邂逅記録は数十年に一度程度しかない。エルフが目の前にいるなんてすごいことだ。

 背中の杖を揺らして、僕が興奮気味に駆け寄ると、セシルさんは少し意外そうに耳を揺らした。


「……感動? そんなに感動する?」

「します! すっごくします! エルフの方たちって、僕たち神官よりもずっとずっと高度な神聖術を使えるって本で読みました。ぜひ教えて頂きたいです!」

「……ふーん」


 興味無さそうに言いつつ、セシルさんはその手を僕の頭に持ってくる。


「……人間もどうやら捨てたものではないらしい」


 犬にするようにわしゃわしゃと頭を撫でられた。


「え? や、あの? セシルさん?」

「……気に入った。お前をわたしのペットにしてあげる」

「ペット!? いやそれはちょっと困るような……っ」

「名前をつけてあげよう。そうね、ルカという名をもじって……ルールカ。お前は今日からルールカ。エルフの言葉で『幼気な子犬』」

「勝手に僕の名前を変えないで!?」


「ルールカ、お手」

「しませんよ!?」

「しないの?」

「しません!」

「……残念」


 しゅん、と落ち込まれてしまった。

 表情はあまり動かないのに、落ち込んでることはなぜだか伝わってくる。

 なんだか申し訳ない気持ちになるが、神殿で犬の真似をするなんて、それはそれで冒涜的なのでさすがに出来ない。


「んー、なるほど」


 一連のやり取りを見て、つぶやいたのはブロンドの聖女、オリビアさんだった。


「神殿からの布告書には『聖女を集める』って書いてあったけど、聖女ってあんまり聖職者ってイメージじゃないんだね。私も含めて」


 オリビアさんはドレスに包まれた腕を上げ、ネオンさんを手のひらで示す。


「酒場の踊り子」

「ふむん?」


 ネオンさんが軽く小首を傾げ、手のひらは続いてセシルさんを示す。


「エルフ」

「……む」


 セシルさんはとくに返事をすることなく、口を引き結ぶ。

 三人の聖女は別々の土地からやってきて、今日、この神殿に着いた。彼女たち同士も初対面なのだ。

 オリビアさんは最後に手のひらを自分の豊かな胸元に当てた。


「そして、王女」

「え、王女?」


 僕は目を瞬いた。オリビアさんはイタズラめいた表情で笑む。


「私の名前はもう教えたよね? 私はオリビア・レイズ・ルドワール。お隣のルドワール王国の第一王位継承者だよ?」

「オリビアさんって王女様なんですか!?」


 セシルさんの時とはまた違った衝撃だった。


「だからそう言ってるじゃない?」


 僕の反応が面白いらしく、オリビアさんはクスクスと肩を揺らす。

 ここ、聖シルト大神殿は西にルドワール王国、東にザビニア帝国を見据え、ちょうど両者の緩衝地帯に建っている。

 外の世界を知らない僕と言えど、ルドワール王国の王族だと言われたら、肌感覚で権威を感じる。それが第一王位継承者となれば尚更だ。


「王族の方だなんて、僕、どのように接すればいいでしょうか……?」

「気楽でいいよ、気楽で。肩の力抜いて」


 ガチガチに緊張し始めた僕に対し、オリビアさんはひらひらと手を振る。

 と、祭壇の大神官様が大きく咳払いをした。


「あー……そろそろいいかのう? 儂も歳なんて、ずっと棒立ちしてるのは堪えるんじゃが」

「わっ、ごめんなさい!」


 ……そういえば、ずっと大神官様を放置してしまっていた。

 普段、威厳いっぱいの大神官様がしょぼんとしている。本当、ごめんなさい。

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