第2話 少年神官はまだ酒場を知らない
古来より影から人々を脅かしている『
それは大陸の平穏を揺るがす天敵だと言われている。
たとえば。
自然界から逸脱した闇纏う獣――魔獣。
人の似姿でありながら闇の狭間の亜空間に生きる超越種――魔人。
闇より出でて物理よりも現象に近づいた悪しき魂――悪魔。
それらすべてを統べる闇の頂点――魔王。
『
闇あるところにはどこにでも現れ、ある日突然、多くの命を奪っていく。
いずれ『
神殿勢力や魔法同盟、古老戦士ギルドなど、世界の裏側を知る者たちは常に焦燥感を抱いている。
そして大陸歴1362年。
善神を祀る『聖シルト大神殿』から大陸中へ布告が成された。
「選ばれし特一級神官ルカ・グランドールがこの度、大いなる悪魔祓いを敢行する――と儂らは大々的に布告を行った。それは聖女の諸君らも知っての通りじゃ。そして……あーと、そしてじゃな……」
大神官様が布告書を片手に祭壇で困っている。
長いあこひげを撫でて『どうしたもんか』という顔だった。
ここは聖シルト大神殿の第一神殿、その『祭壇の間』。
天井には善神を象ったステンドグラスが輝き、部屋奥には祭壇と説教台があり、周囲には白亜の柱が並んでいる。
時刻は昼過ぎ。
ちょうど僕が駆け込んできて、オリビアさんと言葉を交わしたところだった。
大神官様の困り顔にもちろん僕は気づいている。でも上手く助け舟が出せない。むしろ助けてほしいのはこっちだったから。
オリビアさんが両手で頬を挟んだまま、今も離してくれないのだ。
「あの、オリビアさん……?」
「なあに、ルカ君?」
「そろそろ手を離してもらえたらと思うんですが……」
大神官様も困ってるみたいだし。
でもオリビアさんはまったく聞いてくれない。僕の意見なんてどこ吹く風だった。
「ルカ君のほっぺ、ぷにぷにして気持ちいいねー。私、一日中こうしてたいかも」
「それは困ります。すごい困ります……」
大神官様の様子からすると、どうやら聖女の皆さんへ今後のことを説明している真っ最中だったみたいだ。そこに僕が駆け込んできて、話の腰を折ってしまったのだろう。
これではいけない。まずはオリビアさんにほっぺたを離してもらわなければ。
「聞いて下さい、オリビアさん。突然、『聖女』と言われて、皆さん、すごく戸惑ったと思います。その件について、僕たちにはしっかり説明する準備があります。だから――」
「ふふ、このほっぺ、寝室に持って帰りたいなぁ」
「いや聞いて下さいってばーっ!」
なんだろう、この人は。
人の話はちゃんと聞きましょう、と僕は子供の頃から大神官様たちに言われてきた。
神殿にいる人々は皆、当然のようにそれを守っている。
オリビアさんのようにマイペースな人は初めてだ。
「ほほー? そんなにぷにぷに? あたしにも試させてー」
僕が困惑していると、オリビアさんの背後から別の女性が顔を出した。
並んでいた三人の聖女のひとりだ。
きちんと挨拶しなきゃと思い、慌てて背筋を伸ばす。
「あ、初めまして! 僕はルカ・グランドールですっ」
「あいあい、よろしくッスー。あたしはネオン・メルベーユ。この神殿からちょっと行ったところの城下町に住んでるんだ」
女性――ネオンさんは気楽な調子で言い、オリビアさんの背後からするりと出てくる。
「ちなみに職業は酒場の踊り子だよん♪」
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