少年神官のハーレムスローライフ~好感度カンストお姉さんたちに愛されたので旅には出ません~
永菜葉一
第1話 聖女様曰く、あんまり女の人を気にしてたらダメだぞ?
聖女。神に愛されし、聖なる女性。
それはきっと世の模範となるような清廉な人たちに違いない。
と思っていたのだけど……。
「あの、オリビアさん……?」
「なあに、ルカ君?」
「そろそろ手を離してもらえたらと思うんですが……」
「ルカ君のほっぺ、ぷにぷにして気持ちいいねー。私、一日中こうしてたいかも」
「それは困ります。すごい困ります……」
なんか色々想像と違った。聖女は自由気ままでちょっとエッチなお姉さんだった。
これは神官の僕が聖女に取り憑いた悪魔を祓う物語だ。
そのはずだ。絶対そうだ。間違いないはずだ。
「ふふ、このほっぺ、寝室に持って帰りたいなぁ」
……たぶん。ごめんなさい、ちょっと自信なくなってきました。
◇ ◇ ◇
僕こと、ルカ・グランドールは第一神殿への渡り廊下を駆けている。
着ているのは白を基調とした、神官用ローブ。微妙にサイズが合っていないけど、大人用を無理やり裾合わせしたので仕方がない。
また背中には大神官から授けられた、大きな杖を背負っている。走っていると杖の末端が前後に揺れ、ただでさえぶかぶかの襟が着崩れた。
一応、廊下を走るというのはあまりよろしいことではないし、着衣の乱れについても気にしてしかるべきなんだけど、今日ばかりは特別だった。
一刻も早く第一神殿にいかなければならない。
だって、ついに聖女の方々がやってきたから。
「善神シルトに選ばれた、聖女の皆さん。一体、どんな人たちなのかな」
今日は朝からずっと『清めの間』にいたのだけど、ついさっき、修道騎士がきて教えてくれた。
七柱の聖女のうち、三人が到着した、と。
それを聞き、僕は取るものも取らずに『清めの間』を飛び出し、今はこうして息を切らせて渡り廊下を駆けている。
聖女。
神に愛されし、聖なる女性。
どうしても期待で胸が膨らむ。
僕は神殿育ちでほとんど外の世界に出たことがない。一緒にいる神官たちはおじいちゃんばかりで、修道騎士も屈強な男の人たちだけだ。
だから若い女性というものにほとんど会ったことがなかった。
おかげで日に日に憧れは強くなっている。
「色んなことを教えてもらおう。僕はきっと世間知らずなはずだから、聖女の皆さんに世界の広さをたくさん教えてもらうんだ」
聖女たちはきっと世の模範となるような清廉な人たちに違いない。
慈愛に満ち、理性的で、何よりも倫理を貴ぶ、美しい魂を持った人々のはずだ。
そんな期待を抱き、やがて第一神殿に着いた。
修道騎士曰く、三人の聖女たちは大神官に面会し、今後の説明を受けているという。邪魔になってはいけないと思いつつ、逸る気持ちを抑えきれず、僕は両開きの扉を勢いよく開いた。
「失礼しますっ。特一級神官ルカ・グランドール、参上しました!」
祭壇には長いあごひげを蓄えた大神官がいて、その眼前に三人の女性が並んでいた。
僕の挨拶の声によって、それぞれに振り返る。
するとちょうど僕の背後から風が吹き込んだ。
視線が真ん中の女性に吸い寄せられる。
ブロンドがふわりと舞い上がり、そのきらめきがあまりにも鮮やかだったから。
ステンドグラスからの陽光を受け、その髪は黄金の五月雨のように輝いている。
額には宝石のちりばめられたティアラ。着ているのは無数のレースに彩られた豪奢なドレス。
一見して高貴な雰囲気だ。
あまりの美しさに呼吸さえ忘れてしまいそうになった。
め、女神様……?
聖女どころではなく、古の神話譚の登場人物かと思わせるほど、その人は美しかった。
「キミが噂の少年神官クン?」
歌うように柔らかな声だった。訊ねつつ、女性が軽やかに歩み寄ってくる。
僕は弾かれたように背筋を伸ばした。
「は、はいっ。僕が皆さんの悪魔祓いを仰せつかった神官です!」
「ん、元気がよくて結構。噂は聞いてるよ。幼くして神殿に伝わるすべての神聖術を会得した、天才少年ってね」
女性は僕よりも身長が高く、視線を合わせるように前屈みになった。
そのドレスの胸元は大きく開いており、ひどく柔らかそうな谷間が見えてしまった。
わ、わ、胸が……っ!
慌てて視線を逸らした。
でも背けた顔を戻すように――女性の両手に頬を挟まれた。
「どうしたの? お姉さんに顔をよく見せて?」
「あ、でも……っ」
「人と話をする時は、相手の目を見るものだよ?」
子供に言い聞かせるように言われてしまい、二の句が継げなかった。
出来るだけ胸元を見ないように意識しながら、目を見つめる。
すると女性は淡く微笑んだ。
「私はオリビア。オリビア・レイズ・ルドワール。オリビアでいいよ」
「オリビア、さん。僕はルカ・グランドールです」
「よろしくね、ルカ君」
笑顔で言い、女性――オリビアさんは目を細めた。
「迎えにきた時、修道騎士が水晶球で見せてくれた通りだわ。ルカ君、キミは……とても澄んだ目をしてるのね」
「え、そうですか……?」
「うん。汚れを知らない、真っ直ぐな瞳。――お姉さん、ちょっとだけイジワルしてあげたくなっちゃうな」
突然、オリビアさんが顔を寄せてきた。ブロンドの毛先が揺れ、耳元で囁かれる。
「あんまり女の人のおっぱいを気にしてたらダメだぞ?」
「……っ!? ごめんなさ――」
「う、そ♪」
謝罪の言葉が終わるより早く、オリビアさんはぱっと離れ、笑みを深めた。
「男の子だもん。しょうがないよね」
軽やかな表情は明らかにからかっている。でも何も言えない。
ただただ耳を赤くして狼狽えることしかできなかった。
聖女。神に愛されし、聖なる女性。
そのオリビアさんとの出逢いは、だいぶ想像と違っていた
自分の唇に指を当て、オリビアさんはないしょ話のように言う。
「ルカ君、楽しみにしててね? キミの知らないこと、これからお姉さんがいーっぱい教えてあげる」
「ぼ、僕の知らないこと……?」
それは果たしてどんなことなのか。
確かに色々教えてほしいとは思っていたけど、何か違う気がする。
ただ。
オリビアさんに見つめられていると、自然に鼓動が速くなって、すごく落ち着かない気持ちになってくる。
この時、自分のなかに芽生えた感情がどんなものか。
僕はまだ知らなかった――。
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