告白の行方 12
それから三ヶ月後のある晴れた日――
私は純白のウエディングドレスを
「せっかくの機会だもの、クラウスの立太子の式典と同時に結婚式も挙げましょう!」
我が国内で王妃に逆らえる者がいるのなら、見てみたい。国王も反対しないため、秘書官や式典部長は泣きそうな顔で準備に追われていた。急遽呼ばれた仕立て屋も、大慌てで衣装を作ることになって。
私? 王妃のことは好きだし、愛するクラウスと一緒になれるのに反対するわけがない。クラウスもまた「一日でも早く君が欲しい」と、情熱的に囁く。
ドレスの一部にベルツのレースを使うため、王城の全面協力もあって他の受注は後回し。我が領内の女性が総出で生地を仕上げ、王都に送ってくれた。それでもギリギリで、ウエディングドレスが完成したのは、なんと式の三日前!
幸いレースのベールは、母から譲ってもらえた。父が結婚前に母に贈った品らしく、もちろんベルツ製だ。
ちなみに国外を旅行していた両親は、帰国して私の報告を聞くなり驚きに言葉を失くす。隠居して一生独身を貫くと語っていた娘が、この国一番の男性と結婚すると言い出したのだ。とうとう頭がおかしくなったのかと心配され、泣かれてしまう。兄のヨルクが間に入って説明してくれたおかげで、どうにか信じてもらうことができた。たまには兄も役に立つ。
長手袋は……実はクラウスが発注していた分が、私への贈り物だったみたい。攫われた日に馬車の中に置きっぱなしにしたことで、そのままうちに戻って来た。私に合わせて作っているため、サイズはもちろんピッタリだ。
「ディア、君より大事なものはない。君に渡そうとしたものだし、命を救ったのなら正しい使い方だ」
クラウスったら本当に立派で素敵で優しいんだから……
考えごとをしていたら、城の方角から婚儀を知らせる祝砲が鳴った。
いけない、そろそろ時間なのね?
私は鏡を見て、最後の確認をすることに。ロングトレーンのマーメイドラインのドレスは、上半身がピッタリで
「お嬢様、美し過ぎます~!」
「だな。みんなを悩殺して、伝説になればいい」
「ハンナもリーゼも、相変わらず大げさね? でもありがとう。少しだけ自信がついたわ」
「少しだなんて、もっともっと自信を持って下さいっ」
「そうそう。お嬢にうっとりする男達を見て、嫉妬で大暴れするクラウス様も見てみたい」
リーゼの言葉に私はクスクス笑った。
先ほど王太子になったばかりの彼が、そんなことをするはずないでしょう?
大聖堂のステンドグラスを通して、初夏の強い日差しが射し込んでくる。色とりどりの幻想的な空間を、私は父と共にクラウスの元へと歩いて行く。途中からクラウスに引き渡された私は、参列した多くの視線を浴びながら一歩ずつ確実に前に進む。愛する人との未来に向かって――
クラウスは、金色の飾り緒と刺繍が特徴の白の礼装姿だった。黒髪が白に映え、
隣に立つ彼を意識した私は、不意に誇らしさと愛しさで胸が締め付けられるように苦しくなった。強張る私に気付いた彼が、こちらを見て励ますように微笑んでくれる。
クラウスの笑顔を見た私は、気持ちがゆったり落ち着いて、さっきまでの緊張が嘘のように消えていく。そのため、ベール越しに参列者を眺める余裕もできた。
「クラウス=リベルト。
「ああ。もちろん誓う」
「では、ミレディア=ベルツ。汝は病める時も健やかなる時もクラウス=リベルトを愛し支え敬い、我が国の発展に貢献すると誓いますか?」
「はい、誓います」
司祭が祝福の言葉を述べた瞬間、私は感極まって涙を
彼の目元が和らいで、青い瞳が私を映す。深い愛情を
私の大好きな彼の笑顔――優しく頼りがいのある彼と夫婦だと認められたことが嬉しくて、あまりにも幸せで。感激して泣く私を、クラウスはそっと抱き寄せてくれた。
それから幾日も経たないうちに、私とクラウスは王城の敷地内にある別邸の縁側――ならぬウッドデッキで一緒にお茶を飲んでいた。側には手製の『たくあん』もある。ウッドデッキは私の好みを知ったクラウスが、結婚祝いと称して職人に特別に造らせたものだ。私達はそこで座布団のような大きなクッションを敷いて、その上に座っている。
私が王都で集めた老後のイメージグッズは、一旦領地に持ち帰ったものの、嫁入り道具と一緒に元護衛のマルクが運んで来てくれた。その中には壺に漬けた『たくあん』も入っていて、すっかり忘れていた私は恐る恐る取り出して味をみる。漬け込み過ぎて酸味が強かったけれど、不思議と美味しく感じられたので、毎日ポリポリ
「ディア、何というかこれは……初めての味だな」
「ごめんなさい。本当はもう少し早く食べるものなの。本来なら緑茶に合うはずなんだけど」
この世界しか知らないクラウスが、『たくあん』に慣れていないのは当然だ。ただでさえ今回は失敗して酸っぱいし。けれど、私が作ったと知った彼は我慢することにしたらしく、複雑な顔をしながら懸命に
そんなクラウスも、緑色のお茶には違和感がなかったようで、何度もお代わりをして美味しそうに飲んでいる。
これは、摘んだばかりの王家の茶葉をそのまま持ってきてもらい、私が調理場を借りて
せっかく美味しいのに、この色を見たアウロス王子の第一声は「毒?」だった。もったいないので彼には飲ませないようにしよう。
時々気分が悪くなり食欲も落ちてきた私が、緑茶と酸っぱいたくあんだけは口にすることができる。始めは婚儀の緊張のためかと思っていたけれど、終わった後も異様に眠くて身体が
遠回りの末、私はここでようやく自分の居場所を見つけた。思えばあの日、この子が宿ったお陰で、私は死なずに済んだのかもしれない。「新しい命にまで罰を与えることはできない」とお考えになった神様が、私にかかった魂の呪縛を解いて下さったのだろう。
愛しい人と愛する我が子と共に生きる未来――老後はまだまだ先だけど、私は今、とっても幸せだ。
私はお腹に手を当てて、隣にいるクラウスを見てにっこり笑う。
「ねえ、クラウス。聞いてほしいことがあるの……」
夕方の穏やかな風が、私達の頬を優しく撫でていた。
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