告白の行方 11

 悲鳴を上げたエルゼと私を見比べながら、エルゼの取り巻きはみな、一様に口をポカンと開けている。良かったわ。彼女達は悪口や嫌がらせだけで、誘拐事件には関わっていなかったのね?

 クラウスの所まで歩いた私は、大きな手を腰に回されて、彼にぴったり引き寄せられた。


「あのまま、とは? 知らないと言いながら随分詳しいな。エルゼ、お前が口を割らなくてもディア本人が証言した。父親である公爵同様、お前の有罪は確定だ」

「そんな! クラウス様、下賤げせんな野良猫なんかに騙されないで。私の方がずっと貴方に相応ふさわしいのに」


 エルゼの言葉がかんに障ったのか、クラウスが詰め寄ろうとする。しかしアウロス王子の方が素早く、容赦なく彼女の髪を掴んで上を向かせていた。


「痛いわっ、何するのよ!」

「こんな痛みなど……。エルゼ、お前は自分のことしか好きじゃないよね? だから平気で他人を傷つけて、排除しようとする」

「放してよ! 王子なのに信じられないわ」


 アウロス王子が手を緩めると、怒り狂ったエルゼが暴言を吐く。


「それのどこがいけなくて? わたくしは選ばれた人間だから、下々のことなどいちいち気にする必要がないの。みんなはわたくしのために働けばいいし、邪魔なら処分すればいい。高貴な身分ってそういうものでしょう?」

「違うね。そんな考え方だから、犯罪に走るんだ」

「ああ。人は生まれを選べないが、どう生きるかは自由だ。運命に負けず周囲を幸せにする生き方を、俺はディアに教えてもらった」


 私、そんな大層なことはしていないわよ?


「だから何! どうせ男を騙した生き方でしょ? まさか、生きていたなんて……」


 エルゼが私を上から下までじろじろ眺める。次いで、大きな目が憎々し気に細められた。


「不思議だな。亡くなったと発表されていないのに、なぜそう思った? 犯人しか知らない情報だ」

「そ、それは……」

「靴の裏に付いた森の木の葉も、証拠として残っているよ」

「くっ……」


 両王子の言葉にエルゼは唇を噛み、そのまま黙り込むかと思われた。けれど彼女は私を睨むと、バカにしたように言い放つ。


「あの状況で生き残るなんて、さすがは野良猫ね! 伯爵家のあさましさは、うちとは全然違うわ」


 これにはさすがに頭にきた。私は強い口調で言い返す。


「一生懸命生きることの何が悪いの? 選ばれたって、誰に? 人の価値は身分じゃない。大切なのは中身よ!」

「中身? ふん、どうせ大したことないじゃない。だいたい……」


 ところが、なおも言いつのろうとするエルゼをさえぎる者がいた。


「そこまでだ! 聞いているだけで、こちらの気分が悪くなる」


 見れば国王陛下が、玉座から立ち上がっていた。これにはエルゼも仰天したらしく、すぐに口を閉じる。


「エルゼ、と申したか。自分の状況を全く理解していないのは、驚くべきことだ」

「そうねえ。ここまでひどいと息子達が気の毒だわ。今まで浮いた話が一つもなかったのは、貴女のせいなのね?」

「ち、違います。そんな、私は悪くないのに……」


 国王夫妻の言葉に可愛らしく泣くエルゼだけれど、ここまで聞いて騙される奇特な人はいない。


「嘘泣きはもう良い。次期王太子妃に害を成したと判明したからには、厳罰も覚悟してもらおうか」

「え? 次期、王太子……妃?」


 国王をキョトンと見つめたエルゼは、私達にゆっくり目を向けた。寄り添う私とクラウスの姿がようやくまともに視界に入ったのか、突然叫び出す。


「どうして! どうしてわたくしが妃じゃないの? だってそのために育てられたし、身分だって釣り合うわ!」

「まだ言うの? すごいね」

「父上、教えた方が彼女のためでは?」


 王子達の言葉に頷いた国王陛下が、重々しく口を開いた。


「多くの罪を犯したデリウス公爵には、既に死罪を言い渡してある。同じように……と言いたいところだが、そこまでは考えておらん。罪人として一生を牢で過ごすか、流刑が妥当か」

「そんな!」

「まさか」


 そこまで重い刑になるとは私も思わなかった。だけど、驚きの声を上げたのは取り巻き達で、当のエルゼは放心している。


「わたくしが……罪人? 公爵令嬢のわたくしが、なぜ?」


 まだわからないとは、そっちの方がびっくりだ。隣にいたアウロス王子が、かみ砕いた説明を始める。


「公爵の刑が確定し、爵位は返還されることになった。君の身分はなくなったんだよ、エルゼ。もう貴族ではないし、平民以下だ。罪人として生涯を終えることになるね」

「……え?」

「アウロスの言う通りだ。牢の中で、自分のしてきた行いを反省するといい」

「そんな……まさか!」


 エルゼの頭がやっと追いついたようだ。

 そこでふと、疑問が生じた。エルゼに与える量刑がそこまで重くて良いのだろうか? 卑劣な行いを命じたものの実際に死者が出たわけではなく、私はこうして生きている。そもそも彼女がこんな性格になったのは、育った環境や親の責任では?


 私も過去に嘘を吐き、男性を騙し続けて来た。けれどもし、あの時愚かな自分に気がついて、やり直すことができたなら……

 犯した罪はもちろんつぐなわなくてはならない。ただ、その機会さえ与えられないのでは、過ちに気づくことさえできないだろう。


 つらい目に遭って来たからこそ、私は他人の不幸を願わない。愛のない孤独な時間を、誰にも味わってほしくないのだ……もちろんエルゼにも。

 私はクラウスから距離を置くと、深々と礼をしながら言葉を発する。


「お待ちください、国王陛下」

「どうした? ミレディア嬢。一番の被害者はそなただ。まだ足りないと言うのか?」

「いいえ。発言の許可をいただけますでしょうか?」

「構わぬ。申してみよ」


 国王に逆らうと、クラウスとの婚約自体危うくなるかもしれない。でも、他人の不幸を願うほど酷い人間にはなりたくなかった。


「恐れながら、今回の罰は被害状況をかんがみると重いように感じました。彼女自身が反省し、謝罪する機会を与えた方が良いのかと」

「自分を手にかけようとした者をかばうのか?」

「庇うというより願望です。結果としてエルゼは、誰かの命を奪ったわけではありません。人は心を入れ替えて、やり直すことも可能でしょう。修道院で教えを受ければ、あるいは……」

「ふむ」


 国王陛下が考え込んでいるけれど、やはり国のトップに反抗するのは良くなかったのかしら? 意見をはっきり言いすぎて、嫌われてしまったのかもしれない。うつむく私の耳に、国王の声が飛び込んだ。


「ミレディア嬢、そなたの言も一理あるかもしれん。余罪を調べて検討しよう。己をしいたげたものを助けるとは……。優しく物知りという噂は、本当らしいな」

「噂ではなく本物ね? だって、クラウスとアウロスが嬉しそうに語っていたもの」


 噂って……『悪女』じゃなくって『物知り』の方なの!?


「自白したも同然だし、この娘にもう用はない。構わん、連れて行け」

「はっ」


 国王の言葉に兵士がエルゼの縄を引く。彼女は最後に振り向くと、私に怒鳴った。


「これで勝ったと思わないことね。わたくしは負けないわ。いつか高貴な身分に返り咲いてやるんだから!」


 そこまで元気があるのなら、エルゼは大丈夫そうね? 




 エルゼがいなくなったすぐ後で、今度は王妃がため息をつく。


「このお嬢さん達はどうしようかしら? 私、貴女達がミレディアをいじめているところ、見ちゃったのよね?」


 取り巻き三人組は、途端にぶるぶる震えている。エルゼにいいように騙されていたとはいえ、私に嫌がらせを繰り返していたことは事実だ。


「も、もも、申し訳ございません」

「心から謝罪致します。許してくださいっ」

「私が間違っていました。もう二度と致しません!」

「あらあら、貴女達が迷惑をかけたのは私ではないでしょう? 謝る相手が違うわよ?」


 彼女達の言葉を聞いて、王妃が首を傾げた。王妃ったら優しい顔して意外に厳しい。怯え切った三人が、私に謝罪する。


「ミレディア様、本当にごめんなさい」

「私達、貴女になんてひどいことを……」

「何でもします、許してください」

「ですって。ミレディア、どうする?」

「……え?」


 急に判断を迫られ戸惑う私に、クラウスが近づき肩に手を置く。彼は私の耳元に唇を寄せると、低い声で囁いた。


「ディアの思う通りにすればいい。俺も君の意見を支持しよう」


 彼が味方だとは心強い。私は三人を見て、次いで王妃に目を向けた。

 

「許そうと思います。私だけでなく他の方に対しても、今後意地悪をしないと誓えるのなら」

「ミレディアは甘いわね? でもま、そこがいいのだけれど。貴女達! 今度この子に同じことをしたら……言わなくてもわかるでしょう?」


 初めてお会いした時のように、王妃は唇に人差し指を当てている。それを見た彼女らは、顔色を失くして必死に頷いていた。さすがは王妃だ。この方に逆らってはいけないことが、よくわかった。 

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